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35/53

35円卓の席で

 魔女の円卓。

 テーブルの一つに座りながら、わたしは魔女たちの勢いに圧倒されていた。

「いやぁ、素晴らしい魔法の腕だよ!本当に、まだ在野の魔法使いには僕たちの知らない素晴らしい御仁が潜んでいるものだね」

「当たり前でしょ。戦闘で魔法を使っている人たちの効率化は目を見張るものがあるわ」

「いや、戦闘はなぁ……」

「何よ。別にいいじゃない」

 お願いだから、わたしを挟んで議論を交わすのをやめてほしい。気になる話題も多いし、聞いているだけで楽しいこともある。けれどヒートアップしておもむろに立ち上がって、頭上で取っ組み合いをするのだけは勘弁だった。

「ほら、あんたち、少しは落ち着きな……いや、あっちへ行っていな。スミレと話したいのは多いんだから」

 しっし、と追い払われた男女一組の魔女は、互いに魔法を戦闘で使うことへの是非を語りながら足取り激しく遠ざかっていく。

「悪いね、スミレ。興奮してブレーキが外れちまっているのさ」

「かまわないですよ。わたしも、すごいってこんなに言ってもらえてうれしいですから」

 見上げる先、そこには飴によって作られて美しい天井が見える。精霊の力を借りて魔法によって作り上げたそれは、木々の枝につるされたランプやキャンドルの光を透かし、刻まれた幾何学模様も相まってある種の芸術作品としてそこにあった。

 それを自分が作ったなんて、今改めて見ても自身を疑わずにいられない。

「確かにあんたの作ったものだよ」

「心が読めるんですか?」

「あんたは顔に出やすいんだよ」

 そんなことはないと思うのだけれど、どうだろう。

 アヴァロン殿下の妃になって教育を受けて、十分に本心を隠すすべを身に着けたつもりだった。そう思うけれど、最近ではすっかり無表情が板についた頬は少しこわばっていて、慣れない笑みに頬の筋肉が酷使されたことを示していた。

「……少し、わたしも舞い上がっているのかもしれないです」

「楽しいのなら何よりさ」

 呵々と笑うスワンもまた立ち上がる。

 思わずすがるような眼を向けてしまって「やっぱり顔に出るね」と笑われてしまった。

「少し席を外すだけさ。何、私がいなくともやっていけるだろう?この場には邪なことを考えるような者はいないからね。近づいてくるのはみんな無邪気な子どもだと思って接すればいいさ」

 ひらひらと手を振って歩いていくスワンを見送って、体のこわばりをほぐすために深呼吸をする。

「ここ、いいか?」

「はい……?」

 静かで、それでいてどこか熱を帯びた声。聞き覚えがある気がしたけれど、緊張がそんな思考を上から塗りつぶす。

 隣に腰を掛けたのは炎が閉じ込められた氷の仮面をした、不思議な人だった。おそらくは青年男性の彼は、氷のような瞳に炎を燃やしてわたしを見ていた。

「私は……ヒョウエンだ」

「氷の炎、ですか」

「ああ。まあ、仮だがな」

 どこかぎこちなく告げながら、視線で「君は?」と尋ねられる。

「スミレ、です」

 とっさに口をついて出てしまいそうだった本名をぐっと飲みこんで、仮面をつけている今の自分の名前を名乗る。

 その瞬間、ヒョウエンはくわと顔を見開き、身を乗り出してくる。すぐ目の前に、彼の顔があった。仮面と同じように、氷の中に炎を燃やす瞳が、わたしをとらえて離さない。艶めく髪は夕日色の光を反射して輝いている。元の色は金髪、だろうか。

「やはり」

「ええと?」

「あぁ、いや、何でもない。……君は、魔法使いとしてもう長いのか?」

「そう、ですね。幼い頃から魔法を使ってきたので……狩りばかりですけれど」

「そうか。それで、あの魔法の腕か。よほど厳しい鍛錬を積んだのだろうな」

 何度もうなずく彼の尊敬のまなざしが痛い。

 わたしは、鍛錬と呼べるようなことは何もしていない。そもそも魔法の鍛錬とはどういうものか、考えてもよくわからない。甘味を用意して、何度も精霊にお願いして、精霊との意思疎通のコツを図るということだろうか。けれどそれは、彼のいうような過酷さは無いように思える。

 他には鍛錬らしい鍛錬を浮かばず、首をひねるばかり。

「鍛錬というよりは、ただ楽しくて続けていた、というのが近いと思います」

 日々の糧を得るという目的はあった。いざというための武力としての意味合いもあった。

 けれどそれ以上に、魔法を使うこと自体が楽しかった。だから、森でとれた貴重な果実をささげて魔法を放つことが苦ではなかった。ケチくさく果実を切り刻んでちまちまと魔法を放って練習することはあったけれど、そうした試行錯誤さえ楽しかった。

「魔法が好きなんだな」

 目を細めて告げる彼に、強くうなずく。

「はい。それはもう……本当に、楽しいです。神秘的で、摩訶不思議で、豪快でいて繊細で……底知れなさにひかれたんですかね」

 魔法が、好きだ。改めて突きつけられた思いが、だからこそわたしの心に影を落とす。

 そんな魔法を、わたしは、自由に使うことが叶わない。立場が、環境が、わたしから魔法を奪おうとする。それに、抗うことはできない。

「神秘性か……」

 わたしの苦しみには気づかず、ヒョウエンは頭上を見上げる。同じように見上げた先、そこにはわたしが作り上げた、わたしの魔法の結果がある。心のままに、自由に行った魔法が、世界に形を残している。

「美しいな。まるで琥珀の中に閉じ込められたようだ」

「あぁ、なるほど」

 夕日色のとろりとした光を帯びた天蓋は、確かに琥珀に見えないこともない。

 だとすれば、琥珀の中にいるわたしたちは、世界から切り離され、形を保ったまま閉じ込められた眠り人ということだろうか。

「このまま、時が止まってしまえばいいのにな」

 わたしの心を見透かしたような言葉。ただ、そこに宿る悲しみか苦悩のような思いに、心の表層がさざなみ立つ。

「何か、大変なことでもあるんですか?」

 疲れているのだろうかと首を傾げれば、彼はさりげない動きでわたしの手を握ってくる。

 ふっとこぼすような笑みを浮かべる彼の熱が、手を介して伝わってくる。

「君のような美しい女性とともにいられる時間が、少しでも長くなればいいと思うだけだ」

「……そう、ですか」

 お兄さまの溺愛ともまた違う彼の言葉が耳の奥で何度も響く。

 それ以外のどんな言葉も、言えそうになかった。

 気障な人。けれど、なぜだか彼の手を振りほどく気にはならなかった。

 それどころか、彼の手がそっと離れる中、心細さが胸を衝いた。

「君は、精霊に見放された土地でも狩りをしているのか?」

「そう、ですね」

「危険ではないか?君の体に傷一つでもつこうものなら世界の損失だ」

「大げさですよ」

「大げさなものか」

 何かを探るような眼で、彼はわたしの目を見る。心の奥底まで見透かされそうな瞳。どこか無機質に、そして恐ろしくも見えるその目に、覚えがある気がした。

「……本当に、大げさなものか」

 彼が、わたしの手を取る。今度は、手袋をしている右手を。

 彼の指が、そっと私の手をなでる。その指が、手の甲にまで滑るように動いて。

 ぴりりとした感じに、思わず手を払っていた。

「……」

「……」

 微妙な空気が、私たちの間に広がる。夕日色の光が照らしだす世界、時が止まったようにどちらも身じろぎ一つとることができなくて。

「私の教え子に不埒な真似をしたら許さないよ」

 スワンの言葉にびくりと肩を跳ねさせたヒョウエンは勢いよく首を横に振る。

「不埒な真似などしていない」

「本当かい?手を取っていたように見えたけれど?」

「それは……ただ感極まっただけだ」

 感極まるような話の流れだっただろうかと首をひねりつつ、胸元に引き寄せた右手を左手で守るように包み込む。

 黒革の手袋の表面をなでるけれど、彼の手がなでたときのようなピリリとした感覚を覚えることはなかった。

「……おーい、ヒョウエン!」

「呼ばれてないかい?」

「ああ……」

 のっそりと立ち上がったヒョウエンが、ちらとわたしを見る。揺れるその目は、わたしの気のせいでなければ名残惜しいと語っていた。離れたくないと、このまま、ともにいたいと。

 唇が戦慄く。瞬きに揺れるまつげのかすかな揺れが、肌で感じ取られた。

 改めて見ればさらけ出された顔の下半分はひどく整っていて、丁寧に手入れされているのか肌は透き通るようだった。

「私は――」

 続く言葉は、彼を呼ぶ声にかき消される。

 ぐっとこらえるように口を引き結び、固く目を閉じた彼は、そうして言葉を飲み込んでしまった。

「また、会えるか?」

「……また、魔女の円卓で」

 他に会う手段などないのだから、会えるとすればこの会だけ。

 捨てられた子犬のようにちらちらとわたしの方を振り返っては前を向くヒョウエンの背中を見送り、どっと疲れが出てテーブルに手をついた。


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