33精霊に愛された者
新年あけましておめでとうございます。
今後もこの作品は不定期更新でぼちぼち続けていければと思います。
「同じ甘味を使うほどに魔法を効果的に使えるのは、甘味の種類に精霊が意味を見出してくれるようになるからさ。だから、言葉は少なくてよくなるんだよ」
スワンの言葉を頭の片隅にメモしながら、わたしは飴の加工を続ける。飴細工は形を変えるだけで精霊との意思疎通の方法の一つになりえる。
例えば雫型にすれば水を生み出すことをお願いしているのだと精霊に理解してもらいやすい。炎の形にすれば火、ピッケルの形にすれば土に関連する。
ここでポイントなのは、お菓子の形だけで確実に意思疎通をはかることができるとは限らないということ。魔女たちが長年同じお菓子で同じ魔法をお願いしてきたからこそ、魔女たちの近くにいる精霊は、お菓子だけで解釈してくれる。
けれど、そのお菓子を初めて対価としてもらう精霊は、お菓子だけもらってもどんな魔法を要求されているか理解できない。つまり、魔女の魔法に慣れている精霊がいてこそ、お菓子の形による詠唱の短縮が可能だということ。これは、老齢な魔法使いが、自分のそばに長くくっついてくれていた精霊に魔法を頼むことで、言葉少なに魔法を発動できることと原理的には同じだ。
あと、精霊はその魔法使い自身が作ったお菓子を好むらしい。何でも魔法使いに精霊が答えてくれるというのは、その精霊が魔法使いのことが好きだから。だから、自分で作ったお菓子をあげた方が、同じお菓子でも大きな規模で魔法を発動することができる。
「とにかく、自分で作ったお菓子をあげること。今の魔法使いはそんなこと考えもしないのが多いからね。精霊たちがたくさん集まってくれるよ」
「……精霊が群がるって、どんな感じなんですかね」
「んー、餌に集まる水鳥のような感じじゃないかい?」
水鳥――想像したら、水鳥どころか水中に潜んでいた魚までもが餌を狙って水面に集まる姿が想像できた。水面は所狭しと魚が集まり、ひどく揺れ、水飛沫が舞う。鳥も負けずに餌に集まり、誰が餌を手に入れるかで勝負する。
そんな想像をしたら、ぞわりと首の後ろの毛が逆立つような、そんな悪寒を感じた。
精霊が、それ以上は考えてくれるなと言っているようだと思った。
「それにしてもスミレはすごいね。たったこれだけの時間でここまで上達するなんてねぇ」
「精霊がすごいんですよ。私の思っていることを汲み取ってくれているような気がします」
目の前には、傑作と呼ぶにふさわしい像が出現していた。
物語に語られる人魚。水しぶきを舞い散らしながら水面から空へと手を伸ばす彼女の姿には、どこか熱望が感じられる。美しい肢体の流線、水流の表現、鱗、全てが緻密かつ大胆に表現され、今にも動き出しそう。これがピンク一色で無ければ本当に時を止めた人魚が目の前にいるように思えてくる。
確かに空に何かを求めるように手を伸ばす人魚が水を散らしながら水面から飛び出した姿、なんていう風に注文をつけたけれど、明らかに私の言葉以上に精霊が加工をしてくれている。
「本当に、精霊に愛されいてるね」
「……愛?」
「時々いるんだよ。まるで精霊と思考でつながっているように魔法を使える子がね。精霊が自ら察してくれているようだから、精霊に愛されている、なんていう風に表現するのさ」
「愛されて、いるんでしょうかね」
「間違いないよ。自身を持ちな!」
バシン、と驚くほど強い力で背中をたたかれる。シャキッと背を伸ばせば、スワンは「それでいい」とうなずく。
けれど、私の心の中のもやもやは晴れない。だって、わたしの手の甲には、「精霊のいたずら」があるのだから。精霊との契約違反の証。こんなものを見に着けているわたしが精霊に愛されているなんて、おかしい。
「また辛気臭い顔になっているよ」
「今が楽しいだけに、この会が終わってからが憂鬱になっただけですよ」
「うれしいことを言ってくれるね。最近はこの魔女の円卓に入ってくる新参者も少なくなっていたんだ。あんたみたいな優れた魔法使いが、もっと魔法の便利さを追求してくれると嬉しいんだけどねぇ」
「そう、ですね。ただ、一般市民には甘味は貴重ですから」
それが、魔法の最大の欠点。魔法は便利で、優れた力で、けれど精霊に捧げる対価として甘味が必要となる。裕福な家であれば甘味の用意なんて大した問題ではないのかもしれないけれど、庶民や、わたしのような貧しい家の者は、そうやすやすと甘味を用意できない。それこそ、日常の家事に魔法を使うくらいだったら、魔法のために必要な甘味を摂取して、それをエネルギーに自らの手足を使って家事を頑張る方がいい。
「おや、てっきりいいところの出だと思っていたけれど、そうでもないのかい」
「……そうですね。魔法を使って自分で狩りをしていたくらいですし」
世俗での話はご法度なのかと思っていたけれど、思っていたよりは緩いのかもしれない。どう回答したらいいのか少し困りながら、わたしは当たり障りのないところまで話をするに留めた。
さすがに自分が王子妃であることや、今も魔法を使って狩りをしていることを伝えるのははばかられた。
「まあ、人生いろいろとあるからね。もし今の生活を変えたいっていうのなら、相談しな。仕事の紹介くらいはしてやれるよ」
「それはやっぱり、魔女としてですか?」
「どちらでもいいよ。魔女でも、魔女でなくても、私が紹介できるのは、主に貴族や商家の使用人だけどね」
使用人……今の生活よりはよほど楽なのかもしれないけれど、やっぱり狩りが難しいのは欠点かもしれない。それを思うと、狩りをできている今の生活は、意外と悪くないのかも、なんて。
わたしの顔も名前も覚えていない夫との関係も、毒殺を仕掛けてくるような使用人たちの中にいるという精神的な疲れも、周囲から突き刺さるいくつもの圧力も、投げ出したくて仕方ないのだけれど。
それでもできないのは、きっとどうしようもなく、わたしが貴族社会に縛られているから。あるいは、大切な人たちがいるから。
遁走することはできる。自活していく力もある。けれどわたしがそうすれば、家族や友人に多大な迷惑がかかる。責任を追及される。それは、嫌だ。
わたしの行動を理由に、家族を不幸にしたくない。
「そんな顔をしていたら、精霊も幸せも逃げちまうよ」
わたしの眉間を、スワンはトントンと叩く。
眉間や頬、顔全体をもみほぐしても今の苦しみが消えることはなくて、やっぱり顔が険しくなってしまう。
「……よし、気分転換のためにも、ここはひとつド派手に行こうか」
「ド派手に、って何をするつもりですか?」
「私たち『甘味研究会』の十八番さ」
「……スウィート?」
「スウィートウィッチーズ。魔女の円卓の中の下部組織のようなものだね。私たちの集団の呼び名だよ。ま、そんなものはどうでもいいさ」
あっさりと切り捨てたスワンは、大きく息を吸って。
「みんな!あれをやるよ!」
張り上げた声に続いて、家から魔女が飛び出してくる。期待と興奮に仮面の下の目を輝かせた彼ら彼女らは、わたしを見てぐっと親指を突き出す。
「私たちの力を見せてやろうじゃないか!」
「「おー!」」
おそらくは中心にいるであろうわたしを置いてけぼりにして、スワンたちは性急に動き始めた。




