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32料理教室?

 幻想的な、まるで空想の世界に迷い込んでしまったかのような不思議な光景の中。

 わたしは大きな鍋を前にして、これまた大きな木べらを手に中身をぐるぐると掻き混ぜていた。

「そろそろいいですか?」

「ん?ああ、もう少しだな」

「あと少し……」

 粘り気を帯びた液体は重い。最初こそその強いピンクの蛍光色に興奮したものの、今ではただ目に毒なだけだった。

 一体どうしてこんなことになったのか、重い腕に鞭を打ちながら、わたしの意識は少し前へと舞い戻る。


 魔女の円卓。

 それは、魔法を戦い以外に使用する魔女たちが集まる秘密の会。

 魔法で瞬時に移動した先に待っていたのは、言葉を失うほどに現実から遠く離れた、幻想的な世界だった。

 物語の中に入り込んでしまったような世界に興奮しているわたしに、親切な魔女たちは我先にと声をかけてきてくれた。

 落ち着きながらも熱があるのは、新人が珍しいことと、人手を欲している人が多かったから。

『精霊が好むお菓子作りに興味はないかい?』

 わたしと同じように仮面で顔を隠した魔女たちの一人が告げた言葉に、わたしは心動かされた。

 魔法を使うためには精霊にお礼のお菓子が必要で。けれどそれを自分で作るという発想はなかった。

 もし自分でお菓子を作れるようになれば、もっと魔法を上手く使うことができるようになるのか。

 魔法への愛を刺激されたわたしは、闇夜の中にともる魔法のランプに引き寄せられる蛾のように、その魔女へとふらふらと近づいた。

『よし、新人ゲット!』

 若々しく声を張り上げる老齢の女性が、わたしの腕をとって一緒にこぶしを天へと伸ばす。

 周囲からは賛辞と、落胆の声、あるいは「いつでも来てくれ」という勧誘の声。

 大勢の魔女たちが口々に告げる中、わたしは魔女の一人に腕を引かれてテーブルの奥、枝がねじれ、垂れ下がる樹木の裏へと引っ張って行かれて。

 透明な膜をくぐるような感覚を覚えた後、目の前に突如現れた家屋を見て息をのんだ。

 ベージュ色の塗装に赤茶の屋根。煙突から白煙を立ち昇らせるそれを前に目を見開くわたしを見て、魔女はおかしそうに笑った。


 それから家の中に案内した魔女は、魔法使いが手ずから作った甘味のほうが精霊に好まれるという話を聞いて。

 早速一つ作ってみようといわれるままに背丈ほどもある木べらを渡され、ぐつぐつと煮える鍋を混ぜる仕事を任されたのだ。

「……そろそろ、いい、ですか?」

 台の上でとろりとした液体をかき混ぜながら、下で何かこまごまとした作業をしている魔女に声をかける。

 私をこの場に勧誘した魔女は、白い羽がいくつもの重なったような仮面を身に着けており、スワンと名乗った。

 白鳥の羽の魔女は、ゆっくりと椅子から立ち上がってもう一つの台の上に上って鍋の中を覗き込む。高さ一メートル半近くある鍋の中では、ぐつぐつと煮えた液体が、混ぜる動きに合わせて揺れていた。

「ふむ……そろそろいいかな。それじゃあ、ここからが大仕事だよ」

「ここ、から……っ!?」

 すでに手は鉛のように重いのに、今から力仕事なんてできる気がしない。

 思わず悲鳴のように叫ぶ私に、外見とは裏腹に広い家の中で別の作業をしていた魔女たちの視線が集まる。

 呵々大笑する魔女は、「違うよ」と手を振って見せる。

「力仕事は終わりさ。私たちは魔女なんだ。魔女らしく仕上げをしようじゃないか」

「……魔法」

「その通り――移動しな!」

 こんこん、とスワンが鍋をたたく。熱くないのだろうか、と見当違いのことを考える私の目の前で、鍋がふわりと浮き、入り口へとゆっくりと移動を開始する。

 ぶつかりそうになって慌てて背後に飛びのけば、そこにあった棚にぶつかって天板の上にのっていたものがいくつも倒れる。

「はっはっは、どうだ。驚いただろう?」

「ちょっとスワン!あんたまたやったな!?」

 怒り心頭といった様子の魔女の一人が叫ぶ。私が倒してしまった物を直しながら、これはダメ、これもダメ、と数えていき、肩を落とす。

「ご、ごめんなさい」

「あぁ、気にするな。すべてはあんたを驚かせようとして事前情報もなしに魔法を使ったスワンが悪いんだ。どうせ、いつものことだしな」

 スワンと同じくらいの年齢に見せるヒイラギの仮面の魔女が、スワンに唾を飛ばす勢いでまくしたてる。泣きぼくろのように目尻のあたりにある赤い果実がチャーミング。

 それに対して、スワンはひょうひょうとした態度を崩さずに口元に笑みを浮かべる。

「いつものことだと理解しながら対策しなかったあんたが悪いのさ」

「あんたが悪い」

「いいや、オスマンタスが悪いね。いつも机を散らかしすぎなんだよ」

「この室内が狭すぎるのさ」

「それには同意するけれどね」

 見解が一致したね、と笑いながらスワンは室外へと移動する。その背中を見送っていたヒイラギ仮面のオスマンタスは、はっと気づいたように目を見開く。

「またごまかしたな」

「あんたが勝手にごまかされたのさ」

 ひらひらと手を振りながら、スワンは鍋と一緒に外に出ていく。

「ええと……本当にごめんなさい」

「まあいいさ。あんたもあんまりスワンの口車に乗せられるなよ」

「えっと、頑張ります?」

 どう答えたらいいものか迷って、疑問形で告げて頭を下げる。

 スワンの後を追って外に出れば、涼しい影が顔に吹き付ける。狭い家の中でいくつも火をおこしていたのだから室内は暑くて、意識はしていなかったけれど今の私の肌はじっとりと汗で湿っていた。

 汗臭くなっていないだろうかと少し気になって、けれどそれよりも早く、スワンがせかすように鍋を手の甲で軽くたたく。

「さぁ、仕上げをするよ。あんたもフォトスの魔法は見ただろう?」

「あ、はい。すごかったです。一瞬で別の場所に移動して……それに、ひょっとするとあの手紙もそうですか?」

「ああ。あれらは全部、私らが考えたものなんだ。精霊がどんなものを喜ぶか研究を重ねた結果、甘味インクや飴薔薇ができたんだ。あれらは全部、発動する魔法に対応した甘味なのさ。まあ、対応したものでなくても、発動はできるけれどね」

 それでも魔法がより簡単になるのなら、覚える価値はある。

「……私も、彼女と同じように移動ができるようになるんですか?」

「もちろんさ。まあ、あれはフォトスの専売特許になりつつあるけれどね。精霊にも得意不得意があって、彼女は移動を得意とする精霊に愛されているみたいだ」

 魔女によっては特定の精霊がいつもそばにいる場合がある。だからこそ、その精霊に何度も魔法をお願いするうちに、少ない情報を渡すだけでも精霊が意図を読み取って最適な魔法を発動してくれるようになる。だから、老齢の者ほど手足のように自然に、かつ素早く魔法の発動が可能になる。

 それはさておき、フォトスのように発動できるようになるかはわかないというのは、少し残念だった。

 だって、その力があればお城から抜け出すのがずっと楽になる。それに、結婚してから足を運べていなかった実家にも足を運ぶことができるかもしれない。

 お父さまとお母さまに会えると思うと俄然やる気が出てきた。

「準備はいいみたいだね。それじゃあ、こいつを使って精霊に頼みな」

 いつの間にか手に持っていた箱を手渡してくる。そっと蓋を開いた先に見えたのは、鍋の中の液体に比べればずいぶんと地味な茶色の塊。

「……クッキーですか?」

 おそらくはこれから始める魔法発動のためなのだろうけれど、わざわざクッキーである理由がわからない。

 きらりと目を光らせるスワンは、ただのクッキーではないのさ、とおかしそうに告げる。

「そいつは塩クッキーだね」

「塩クッキー」

「甘味の加工を魔法でやろうっていうんだ。甘味好きな精霊に任せちまったら、全部その精霊の胃袋に消えるのさ」

 なるほど。精霊が自分で作ったものを対価にもっていってしまうということ。確かに、そうなると魔法の対価として塩っぽいものを選択するのがいいのだろう。

「それじゃあやってみな。まずは……そうだね。普通に球体にして丸い飴を作ってみな」

「わかりました」

 クッキーを一つ手に取り、頭上へと掲げる。

 目を閉じ、イメージを固め、祈る。

「飴よ、丸くなれ!」

 目を見開き、精霊よ聞き届けて、と叫ぶ。

 それと同時に、私の目の前、鍋の中の飴の一部が浮かび上がり、親指の幅ほどの大きさの球体を作る。

 くるくると回るそれは完璧な急になり、風に吹かれるようにして私の掌の上へと収まる。

 代わりに、クッキーは姿を消した。

「……これは驚いた。あんた、年齢でも詐称しているのかい?」

「どうやってするんですか?」

「姿くらいは多少魔法で……どうだろうね。髪色くらいは変えられるかもしれないが……」

 何やら熟考を始めたスワンをよそに、私は手の中の飴を転がしてみる。

 ピンクの球体。透明なそれは美しく、見るものを引き付ける。

「まあいいさ。魔法の腕がいいのは何よりだよ。それじゃあ、どんどん作っていこうか」

「はい!」

 そうして、スワンの料理教室もとい、魔法加工の訓練が始まった。


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