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27魔女ハンナ

更新が遅くなってすみません。

今後も不定期で進みます。

 薬草茶で一息ついたわたしたちは、改めて店の奥で腰を落ち着けて話をする体勢になった。薬草茶と薬草を混ぜたクッキーを手にしてお茶タイム。

 わたしは改めて目の前に座るハンナを見つめる。

 真っ白な髪、顔に刻まれたしわ、節くれだった指。

 長い年月を生きてきた者特有の風格を備えた彼女は、凛と背筋を伸ばして紅茶を口に含む。その動きには気品があって、どこかの貴族を思わせた。

 アチ、と隣でお茶の熱さに悲鳴を上げるどこか間の抜けたフィナンの声が聞こえる。緊張でもしているのだろうかと思いながら、わたしはゆっくりと口を開く。

「……貴族、じゃないですよね?」

「そうさね。ワタシはそんな高尚な身分じゃないよ。ただの元使用人さ」

「使用人……それじゃあ、魔女というのは?」

「ああ、今ではあまり使われなくなった言葉かもしれないね。魔女というのは、魔法を、戦い以外の用途に使う魔法使いのことを言うのさ」

 やっぱり、魔法使い。それは、この魔女の庵を見つけた時のことを思えば明らかだった。わたしに見えて、フィナンには見えない。これはたぶん、魔女にだけ見えるように、魔法が発動してあったということ。

 つまり、わたしたちがこの建物に入った時点で、ハンナにはわたしたち二人のどちらか一方は魔女であるということが分かっていて。

 そして、先ほどからわたしに向けて何か言いたげに見てくるあたり、どちらが魔女が、彼女は感づいているみたいだった。

 けれど、何も言わない。いつ爆弾が爆発するか、気が気でないけれど、なんとなく彼女はここでわたしが魔女だということを口にはしないだろうと思った。

 何の根拠もありはしないけれど。

「今でこそワタシは薬を作るために魔法を使っているけれどね。前は料理や洗濯、掃除のためにだって魔法を使ったものだよ」

「家事のために、魔法を……?」

 魔法というものにキラキラした幻想めいたものでも感じていたのか、少し微妙そうな顔でフィナンがつぶやく。その反応が欲しかったといわんばかりに、ハンナはからからと笑う。

「そうさね。ワタシが仕えていたお嬢様は……まあ、あまり裕福ではなくてね。使用人はワタシと、老齢の料理人の二人きり。お嬢様を完璧に支えるには手が足りなかったのさ」

 それは、無茶苦茶だ。その貴族家が例えばわたしたちの家のように使用人を雇うような余裕もなくて自分のことは自分でするような生活だとしても、すべきことは山ほどある。小さくても家の掃除は大仕事で、おそらくは御者や庭仕事もハンナの仕事になる。明らかに手が足りない。

「そこで、魔法さ」

 言いながら、ハンナはお茶菓子を一つ手に取り、頭上に捧げる。

「お茶を少し冷ましておくれ」

 その言葉に、ふっと彼女の手の中からお菓子が消えて。

 そうして、次の瞬間、フィナンの手の中にあったお茶から湯気が消える。

「……ぬるい! 奥様、ぬるいですよ」

「そう、これで火傷をせずに飲めるわね」

「う、さっきのは、少し失敗しただけですよ? 私だって、いつもあんな風におっちょこちょいじゃないんですよ」

「そう」

「まったく信じてない口調じゃないですか!?」

 うう、といじけたようにお茶を飲んで顔の熱を冷ますフィナン。彼女をひとしきりからかったところで、改めてハンナのほうを見る。

「戦い以外に魔法を使うのは、万が一魔法で相手が死んでしまって、精霊に嫌われないようにするためですか」

「それもあるけれど、一番は精霊が楽しそうだからかねぇ」

「精霊が、楽しそうに」

 周囲を見回してみるけれど、当然わたしの眼には精霊の姿は映らない。魔法という不思議な力が使えるから精霊がいるであろうことはわかっても、精霊は見えない。ただ、存在を感じることしかできないのだ。

 まさかハンナには精霊が見えているのか――彼女は首を横に振る。

「残念ながら、ワタシにも精霊は見えないよ」

「じゃあ、どうしてわかるんですか?」

「精霊が起こす現象の規模だね。同じお菓子をあげた際の、精霊の魔法の強さが違うのさ。あるいは、同じ規模の現象を起こしてもらうのに、どれだけの甘味が必要か、という比較でもいい」

 三つの薬草クッキーを手にしたハンナは、それで軽く空気を切るような動きをして見せる。

「例えば、同程度の風を起こすとしよう。その際、例えば魔物の目に砂埃を運ぶための魔法なら、クッキーが三つ必要になる」

 続いて、ハンナは二枚のクッキーを口の中に入れ、飲み干す。手元には、一枚のクッキーのみ。

「それに対して、床に降り積もった砂埃を飛ばすための魔法には、クッキー一枚でいい。同じ効果でも、これだけ精霊に好みがあるわけだ」

「同じ対価を与えた際の魔法の規模は、その場にいる精霊の好みで決まるといいますよね」

「ふむ。風を好む精霊がいれば、少しの対価で大きな結果を得られる。水場なら水を好む精霊が多くて、水を扱う魔法は少ない対価で発動できる。……おそらく、掃除や洗濯を求める人が少ないから、精霊が面白がっていっぱい力を使ってくれるんだろうね」

 それは、これまで考えたことのないものだった。というよりも、甘味をささげて精霊に掃除や洗濯をお願いするなんて考えたこともなかった。だって、甘味は貴重で、家事は手間さえかければ自分でもできるものだから。

 なら、お肉を得るための狩りに貴重な甘味を使うのが正しいはず。

「……魔法を家事に使うって、具体的にどうするのでしょう?」

 ぬるくなったお茶を飲んで気持ちを落ち着けていたフィナンが話に戻ってくる。

「気になるかね?」

「はい。なんだか面白そうですよね。それに、すごく楽そうです」

「まあ楽だよ。例えば、精霊に水の吸収を頼むことで、一瞬で洗濯物が乾くね。雨の日に、汚れた洗濯物が一瞬でピカピカになるのさ。泥汚れをごしごしと洗うこともない。さらに言えば、洗濯を精霊に頼めば、着ている服をその状態のままきれいにすることもできる」

「着ている服を、そのまま?」

「服の汚れを取り除いてもらうのさ。緻密な風で汚れを繊維から話して、回収する。ドレスなんかについたシミだって、その場で一瞬さ」

「それはすごいですね!」

 よほどドレスの染み抜きへの恨みでもあるのか、フィナンが目を輝かせて叫ぶ。けれどすぐにふらふらと椅子に座り込み、がっくりとうなだれる。

「でも私、魔法が使えないです……」

 あ。

 これでわたしの方が魔法使いだとハンナにばれてしまった。まあ、今まで魔法使いくらいしか意識しない甘味の運用法を話していたから、ほぼ九分九厘わたしが魔女だと察していただろうけれど。

 そのことには反応を示さず、ハンナは「残念だね」と肩をすくめる。

「もし魔法が使えるのなら、ワタシの家事魔法を伝授したのだけれどね。まあ、伝授といってもどのような場面で魔法を有効に使うか、という程度の話だね」

 興味があるかな、とハンナがわたしを見る。当然、わたしは何も反応できない。だって、フィナンはわたしが魔法使いであることを知らないから。知られてはいけないから。

 わたしはアヴァロン王子の妻で、王族の一員の女性。だから、魔法使いであってはいけない。

 それは、わたしが破ってはいけない一線だった。

 話は続き、ハンナとフィナンは家事魔法のことで盛り上がっていた。

 わたしは二人の話に相槌を打ちつつ、どうして自分は魔法使いであることを秘密にしないといけないのか、改めてその縛りに息苦しさを感じていた。

 わたしはいつまで、自分を隠して偽って生きていかないといけないのだろう?

 そんな暗澹とした気持ちが伝わったのかどうか。

 帰り際、ハンナはすっとわたしのもとに近づいてきて、一枚の紙きれをフィナンに気づかれることなく手渡してきた。

「新しい同胞との交流は大歓迎だよ」

 耳元でささやかれた声は、老獪なそれ。

 心を絡めとるような声にドキリとして肩が震えた。

 視線を向けた先、ハンナは少し意地の悪い笑みを浮かべていた。


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