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25甘味の花園

「いらっしゃいませ。マドレーヌ・グレシャへ」

 老齢の執事のごとき店員の歓待を受けて、フィナンはきりりと表情を引き締めた。人前に立つとすぐに切り替わるのかと思ったけれど、どうにもただならぬ風格を放っている目の前の男性を自分の使用人としての修練の参考にしようとしているみたいだった。歩き方が、身振りが、指やひじの角度、目線による誘導……とブツブツと言っているのは少し怖かった。

「自由に見回っても?」

「もちろんですとも。主に扱っておりますのは日持ちのする甘味ですが、本日限りの足のはやい品も取り揃えて御座いますゆえ、お気軽に見て回っていただければと思います」

 それでば、とまるで風が流れるような自然さで去っていった店員を見送り、フィナンはほうと息を吐いた。

「男性の使用人で参考になるのかしら?」

「おもてなしというのは男性であっても女性であっても共通ですから。いかにお客様を満足させるか、その点に主眼を置けば、学ぶべきものはいくらでもありますよ」

 そんなものだろうか。わたしとしては、あの足運びはできる、くらいしかわからなかった。多分護衛としての戦闘訓練、それに実戦経験もかなりあると思う。ほんの少し足を引きずっていたし、古傷が原因で一線を退いて、今はここで働いている、という案に一票を入れたいところ。

 ちなみにここ「マドレーヌ・グレシャ」というのは、最近王都で話題になっている菓子店である。有名なのはラングドシャやマカロン。小麦粉系が多いかと思えば、美しい飴細工が並び、あるいはドライフルーツなども豊富に取り揃えてある。

「それで、奥様はどのようなものをお探しなのですか?」

「持ち運びしやすくて素手で扱えるもの……って、フィナンってわたしのことをそんな風に呼んでいたかしら」

 奥様って呼ばれ方に、すごく違和感がある。こう、むず痒いというよりは気持ち悪いのは、きっと奥様になっているという現状を直視したくないが故だろう。何せ、夫婦らしいことなんてわたしたちの間には何一つない。

「おや、ばれてしまいましたか」

「フィナン、もしかしてわたしのことをからかったわね?」

 チロリと舌を出して告げるそのおちゃめな顔は間違いない。フィナンは仕返しを避けるためか、ニッコリと笑うばかりで返事をしない。

 まあいい。その程度でわたしが泣き寝入りするとでも思ったら大間違いだ。

「それにしてもここはお菓子の種類が豊富ね」

 品数も多く、試食サービスもあるため、買い物を終えるころにはおなか一杯になってしまっていそうだった。こんなに提供して、満腹になって販売数が低下するということはないのだろうか。

「噂として耳にはしていましたが、驚くほどの品数ですね。これはデートが失敗に終わるのもわかります」

「突然何の話よ?」

「同僚の話を小耳に挟んだのですが、なんでも婚約者とマドレーヌ・グレシャに足を運んだところ、お相手の男性がお倒れになったとか」

 倒れるような何かがあるだろうかと、店内を見回してみる。ややファンシーで、けれど流行の先端を行くというよりは、洗練された気品の中に若さを内包した装飾で、落ち着きながらも活発さをもたらしている。店にいるのは多くが女性。確かに、この姦しい状況の中に長く居続けるというのは、なかなか大変かもしれない。

「女性の話は長いし、にぎやかだものね」

「あ、いえ、そうではなくてですね、なんでもにおいに酔ったそうです」

「酔った?においに?」

「はい。正確には多種の甘い匂いにやられて気持ち悪くなったとのことです。お相手の男性はそれほど甘い者が得意な方ではなかったそうで、店内のにおいに耐えられなかったそうです」

 確かに、言われてみればいくつもの甘い、あるいはバターの香りがハーモニーというかオーケストラを完成させていた。濃密な甘い匂いは、苦手な人にしてみれば「むせかえるような」と形容されるものかもしれない。

「とはいえ甘いものばかりではないみたいよ。懐かしい変わり種も置いてあるのね」

 目についたのは、真っ白な粒。大きさは親指の幅ほど。名前はフレッシュ・ボール。これがどうして、これほどまでにきれいなガラス瓶に入っているのか、その違和感を感じながら試食できる一つを手に取ってみる。

「……丸薬、ですか?」

「フレッシュ・ボールね。丸薬と言っても間違いないけれど、始めはカプセル内に眠気覚ましの酸味のきついものを入れて食べられていたそうよ。確かにこのカプセルは小麦粉とコラーゲンスライムの粉末が主な素材だから、お肌にいいのかもしれないわね」

「眠気覚まし……お菓子、ですよね?」

「ここにあるのはそうみたいね。わたしも以前使っていたわよ」

「実家ではそれほどの激務をなされていたのですか?」

「違うわよ。匂い消しの丸薬としてよ。狩りの時に呼吸のにおいを消す、というよりは森の匂いにするフレッシュ・ボールのレシピがあるのよ。簡単な、どこの森の入り口でも手に入るような薬草で作られているから重宝するのよね。まあ、どこにでも生えている薬草を使うからこそ、どこでも通用する匂いをごまかす薬になるのでしょうけれど」

 もう実家での狩りは懐かしく思えて仕方がない。カプセルさえあれば現地調達可能で、よく忘れた際に狩りの前にその場で調合をしていた。時々カプセルの方も忘れて、仕方なくそのまま薬草をかじって苦みに舌がしびれてひどい思いをするのがセットだ。しかも薬草をかじりすぎて口臭が強くなってしまい、魔物も動物も警戒して近づいてこないという残念な結果だった。

「お話を聞いていて思い出しましたが、幼いころにこれで薬を飲んでいた気がします」

「その使い方が最近では一般的よね。ちなみにこれは、半分はお菓子ね」

「残りの半分は……なんでしょう?」

「味はいまいちだけれど健康にいい素材をおなかに届ける、体内から美をもたらすお菓子らしいわよ」

「それは素晴らしいですね。つまりこれを飲んでいれば美人になれるということですよね!?」

「これを飲んだうえで、しっかりと規則正しい生活をすれば、ね。飲んだか大丈夫なんて言って夜更かししたり仕事を詰めたりしては無意味よ」

「……それじゃあ意味がありませんね」

 もしかして、フレッシュ・ボールを手に激務と美を両立させようという魂胆だったのだろうか。あきらめたのはいいけれど、果たして激務と美しさ、どちらを諦めたのか、気になるけれど少し怖くて聞けない。

「あ、これなんかおいしそうね。ガリッとやってみて」

 言いながら、試供品の一つを口に放り込む。カプセルに柑橘系の皮を混ぜ込んでいるということで、黄色味がかったカプセルからはほのかなレモンの香りがした。

「いただきます……ッ!?」

 がりッとやった次の瞬間、フィナンはフレーメン反応をした猫みたいな顔をした。すぐに表情を取り繕ったけれど、その口元はまだしぼんだままになっている。

「すっっぱいです」

「この酸味が疲労回復にいいそうよ……意外と癖になるわね」

 正気か、という目で見てくるけれど正気だ。中身はお酢に付け込んだドライフルーツ。特性の果実酢にフルーツを干してはつるし、それを繰り返すことで深みのある味を引き出したのだと説明に書かれている。

「つまり、酸味を凝縮されたものということですね。眠気覚ましにも最適そうです」

「私はいいです……あれ、この酸味の強さをわかっていて、私に食べさせたのですよね?」

「そうね。ああ、もしかしてさっきの仕返しだと気づいた?」

 わたしは根に持つ女なのだ。からかわれたら仕返しをする。それが当然というもの。

「……まったく、奥様ももうご結婚されたのですから、少しは落ち着かれてはいかがでしょう?」

「嫁ぎ先にまで着いてきてくれた実家の使用人みたいね」

「奥様ともあろうお方が。もっとしっかりなさってください」

「もしかしなくても、奥様って連呼したいだけだったりする?」

「はい、もしかしなくてもそうです。一度、使えている方を奥様とお呼びしてみたかったのですよね。『ハンナのメイド碌』という作品で、至高のメイドとして登場するハンナ様が主人のことを若奥様とお呼びしているのがあこがれだったのです」

 メイドの小説……わたしにはわからない世界だ。そもそも本なんてほとんど読まないし。

 熱く語り始めたフィナンに「奥様はやめて」と言う機会を逃して、仕方なく甘味を買いそろえることにした。やっぱり持ち運び的に優れているのは、飴とドライフルーツ。中でも美しさと味が完璧だったのは、金や無色の透明な飴の中に、同じく飴で作られた小さな魚や毬、鳥などが入っているものだろうか。ものすごくかわいくて、思わず即座に購入を決めてしまった。

 中でも傑作は、精霊シリーズ。目に見えない精霊をイメージし、彼らの姿を飴の中に再現したそれらは、思わず吹き出してしまいそうな精霊の姿もあった。筋肉ムキムキで頭がひまわりの精霊なんて、誰がどうして考え付くのだろう。

 そんな面白おかしい品のお陰で、フレッシュ・ボール以来警戒してわたしのおすすめを中々食べてくれないフィナンに少し悲しく思いながらも、楽しく有意義な時間を作ることができた。

 これで次に森へ向かった時の準備も完璧だ。


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