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20プレゼント探し

「……会えない」

 ぽつりと、言葉が漏れる。業務の合間、少しだけとれた時間を使って王城の中を探し回るけれど、彼女の姿は見つからなかった。

 今日もむせ返るような甘い香りを漂わせている庭園には、どこから聞きつけたのか私の妃の地位を求める女性であふれていた。おそらくは昨日私がここにいたという目撃情報が流れたのだろう。

 淡い紫の瞳の彼女との時間を邪魔する女たち。彼女らがあげる歓声に激しい苛立ちを覚える自分がいることに気づいた。

「アヴァロン殿下!」

 やめてくれ、そんな声で私を呼ばないでくれ。私が望んでいるのは、名を呼んでほしい相手はただ一人だ。

 けれど、私の思いは伝わらない。女たちは姦しく吠え、互いにバチバチと火花を散らす。これでもかと着飾った彼女たちは、確かに美しいのかもしれない。けれどそれは、内心のどす黒さを隠すためのものに思えてならなかった。

 彼女は、違う。どこまでも自然体で、それこそ精霊のような人に思えた。私をにらむスミレ色の瞳には、飾らない思いが込められていた。だから困惑と絶望よりも、私は自分を憎む瞳を見てきれいだなどと場違いな思いを抱いていたのだ。

 女の一人が私に触れる。強い化粧のにおい。思わず、その腕を振り払っていた。

 見開かれた目が私を捉える。揺れる瞳には恐怖が宿っていた。

「……忙しいのでな」

 くるりと背を向けて歩き出す。女どもは追ってはこなかった。

 恐怖に凍り付いた彼女たちは動かない。私が殺気をまき散らしたせいだ。

 自制ができない。スミレの乙女以外の女と関わりたくない。

 会いたい。どこにいる?王城にいるのではなかったのか?やはり陛下にかくまわれているのか?なら、そう言ってくれ。残酷でも、うその上に成り立つ虚構の関係よりはよほどいい。

 ――いや、だめだ。そんなことはだめだ。

 心臓が張り裂けそうに痛んだ。声にならない叫びが体の中で暴れていた。

 会いたい。会って話がしたい。私のことを見てほしい。その瞳に、私を映してほしい。

 足を止める。決断の時だった。

「……午後からは騎士の訓練の見学だったか?変更する」

 へ?と間の抜けた声を上げる部下を捨て置いて、私は王城の入り組んだ廊下を歩き出す。

 庭園にも、医務室にも、どこにも彼女の姿はない。焦りが歩幅を大きくする。嘘だと言ってくれ、顔を見せてくれ。なぁ、どこにいる?

 そういえば、彼女はトレイナ伯爵令嬢の知人なのだったか?あの鬱陶しいエインが本当のことを言っていれば、だが。

 いや、あいつがここで嘘をつく理由はないか。むしろあえて絞って情報を伝えることで、私が空回りする姿を見て楽しむだろう。

 ……今の私は、空回りしているのだろうか。私ばかり気が急いている。彼女は、私と距離をとっているのに。

 彼女は私を憎んでいる。私が、彼女を籠の中の鳥にしてしまったらしい。だが、私は彼女を知らない。あれほど印象的な存在を覚えていられるだろうか。

 ……いや、どうだろうか。スミレの乙女としての出会いがなければ、彼女はただ化粧が薄い貴族令嬢の一人にしか映らなかったはずだ。その淡い紫の瞳に私が目を向けることはなかった。何しろ、少なくとも王城にいた彼女はそれなりに貴族令嬢の皮をかぶることができていた。

 淡い紫の瞳の彼女が、本当にスミレの乙女なのだろうか。あの、視線を奪われるような威厳と剛毅さと奔放さを内包した、至高の魔法使いなのだろうか。

 エインは、そう言っていた。だが、本当に彼女が?

 いまいち、私の中の二人が焦点を結ばない。似ているのはただ一点、優しげな紫の瞳ばかり。いや、声も似ていたような気がする。確証はないが。

「……距離をつめるための方法、か」

 せめて、会おうと思えば会えるような関係になりたい。そのためには、彼女に私のことを意識してもらう必要がある。彼女に姿を現してもらう必要がある。

 女性に目を向けてもらう最も簡単な方法はプレゼントだと言っていた。高すぎてもいけなくて、けれど安すぎるのも問題で。程よい値段である代わりに、何らかの付加価値をつけるといいらしい。

 よくわからないが、安くても一点ものであったり、選びに選び抜いたことがわかるような色合いをしていたりすると、女性は興味を抱いてくれるという。

 本当に?そこらの十把一絡げの貴族令嬢であれば、贈り物を婚約の証のように見せびらかして騒動を引き起こすだろうが、彼女は身に着けてはくれない気がする。

 ……どうして、私はアクセサリーに焦点を絞っているのだろう?ああいや、わかっている。私がただ、彼女を飾り立てたいだけなのだ。装飾品の一つも身に着けていない彼女を、胸を張って人前に出られるような姿にしたい。あるいは、私色に染めたい。私と彼女の色を帯びたプレゼントを贈り、彼女は私のものだと、いるかもわからない男に牽制をしたい。

 いや、きっといるだろう。彼女は美しい。泥中に咲く一輪の花に群がる男は少なくないだろう。

 考え、そして自嘲めいた苦笑がうかぶ。どうかしている。どうしてこうも一人の女性に頭を悩ませているのかわからない。

 けれど、私の心が彼女を求めてやまないのだから仕方がない。興味も関心も尽きないのだから。


 思い立ったが吉日と、私はその足で一人王城を出て街に向かう。騎士でもあるこの身に刃を届かせられるような存在などまずいない。だから私は護衛もつけずに街を見て回る。

 王都の町は変わらない。四季折々で道行く者の服装や販売品には多少の変化はみられるが、大きく進歩したとわかるような変化はまず見られない。

 一点もののアクセサリー。だが高くてはいけないとなると露店で掘り出し物を見つけるのがいいだろうか。

 そう思いながら、私は露店が並ぶ一角へと歩を進めて。

 ふと、視界の先に黄金を溶かしたような輝きを見て足を止める。行きかう人々の中、男の胸に顔に体を預ける女の姿があった。

 色褪せた茶色の服。だが、平民と呼ぶにはその髪や肌には手入れが行き届いている。

 背は高い。男の背が高いせいか一見すると平凡な背丈をしているように見えるが、おそらくは女の中でも長身だろう。金色の髪を三つ編みにして肩から前に垂らしている。男の衣服をつかむその手は、小さく震えている気がした。

 なぜだろう。彼女から目を離せなかった。足が止まる。突然止まった私にぶつかりそうになった者が舌打ちを鳴らしてくるが、気にならなかった。

 ……知っている背中である気がした。こんなところにいるはずがないと、そう己に言い聞かせる。

 女が、顔を上げる。淡い紫の瞳が、涙でぬれていた。

「ど、うして」

 うまく口が動かない。声が出ない。

 どうして、その男にそんな気を許したような笑みを浮かべているのだ。

 どうして泣いているのだ。

 どうしてこんなところにいるのだ。

 どうして、その笑みを私に向けてくれないのだ。

 焦燥と絶望と怒りと悲しみと。ごちゃ混ぜになった感情は一気に私の許容値を超え、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 涙をぬぐう彼女は美しい。その顔には、尽きることのない愛情があった気がした。

 その男を、好いているのか?

 その時、突如人込みの中からやってきた真っ赤な女が、男の襟をつかむ。髪も服も燃えるように赤く、怪しい光を帯びた金色の目が獲物を見定めたように細められる。

「ディアァァ~、またすぐに会いに来るからねぇぇぇぇ!」

 男が引きずられていく。金髪紫眼の女は困ったように小さく胸の前で手を振り、そして使用人の女性の手を引いて走り出す。……見間違いでも勘違いでもなかった。

 私がいる方に向かって、スミレの乙女が走ってくる。

 行きかう人達の存在が私の意識の中から消える。顔を赤くした女性が、視線から逃れるようにフードをかぶる。

 その姿に、白ローブの女性の姿が重なる。

「……スミレの乙女?」

 女が驚きに目を見張り、その歩みが遅くなり、止まる。

 王都の雑踏の真ん中で、私たちは想定外の再会を果たした。


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