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18乱入者

 ふと思い出したようにエインワーズ様が窓の外を見て、それからクローディアとフィナンの顔を見て首をひねった。

「そういえば二人は今日、歩いてきたんだね?女性だけで王都をふらつくのはあまり感心しないな」

「エインワーズ様も一人で歩いてきますよね?」

「ん?オレには頼りになる護衛がついているからね。こう、ひっそりと背後をついていく感じでね。さすがに一人で街を出歩いたりしないって。大怪我を負ってしまったらアマーリエが悲しむからね」

「……そうですわね。号泣しますから、絶対に怪我をしないでくださいませ」

「わかってるよ。……クローディア嬢も、アマーリエが悲しむから護衛をつけるように」

「あら、でもクローディアは強いですわよ。何せ優秀な魔法使いですもの」

「ああ、そういえばそうだったね。でも、王族としては緊急時でも魔法を使わずに済むほうがいいからなぁ……そもそも王族が戦う状況が最悪だよね」

「……まるでわたしの魔法を見てきたような口ぶりですね?」

「まさか!オレはそれほどスニーキング力は高くないよ。アマーリエを驚かせるためだったら頑張るけどね。ともかく、護衛を連れてきなよ。今日だって騎士に止められたんじゃない?」

「止められていませんよ?」

 心底不思議そうにクローディアが首をかしげる。その顔からは、残念ながら何も読み取れない。たった半年かそこらで豹変しすぎじゃないかしら。

 まあ、環境が人を作るともいうわけだし、妃としての立場がクローディアを変えたのかもしれないわね。

 代わりに、ちらとフィナンの方を見る。彼女はふいと視線を逸らして目を合わせようとしない。その顔ににじむ焦りが、いやな予感を強くする。

「……ひょっとして、誰にも言わずに出てきたのかしら?」

「外出の許可なんて下りませんから。言うだけ無駄ですよ」

「……あんのくそ王子め」

 思わず口に出た言葉に気づいてはっと口を手で覆ったけれど、すでに遅かった。驚愕の目でフィナンが見てくる。エインワーズ様はおかしそうに笑っている。クローディアは……わからない。でもなんとなく、その体からすごみのようなものがにじみ出ている気がした。

「まあ、そうだよね。くそ王子で十分かもね」

 その声には、音にならない万斛の悲鳴がこもっていた気がした。けれど、気のせい、だったかもしれない。貴族らしい笑みを浮かべるクローディアは、わたくしにもその内心を読み取らせてはくれなかった。

「まあ確かになかなかの堅物だよね。それに時々すごく抜けているから面白いんだよ」

「……それで面倒をこうむるのはわたしなのですけれど?右腕として殿下のご指導をお願いしますよ」

「えぇ、どうしようかなぁ。とりあえず被害内容を聞かせてもらえるかな?じゃないと対策も取れないからね」

「いまだに、自分の妃の顔も名前も覚えていない点ですかね。いえ、名前は憶えている可能性がありますね。一応目の前で婚姻の署名をしたわけですし」

「そういえばクローディア!どうして結婚式を開かなかったのよ!?せっかくの親友の晴れ舞台だと思っていたのに」

「親友だと、そう思ってくれていたの?」

「う……ま、まあ、ね?」

 感極まったクローディアに抱き着かれた。慌ててソファの座面に腕をついて体を支える。

 しなだれかかるようにもたれてきて重い。細身だけれど筋肉はあるのよね。やっぱり普段から鍛錬しているからかしら。

「結婚式の件も殿下の教育案件ですね。おかげでわたしは瑕疵物件です」

「それは、さすがに申し訳ないと思うよ。でも、これから次第かな?」

「………………これから、ですか」

 視界に大きく映るクローディアは、いかにも困っていますという顔をしている。その頬がほんのりと朱を帯びている。何を考えたのだろうか。今考えたのは、間違いなく殿下のことだろう。

 アヴァロン王子殿下。未来のこの国の国王陛下。年内には王太子になると噂されている。

 けれど彼は、わたくしにとっては敵だった。親友であるクローディアに、彼は許しがたいことをした。

 女の人生最高の晴れ舞台である結婚式を義務的なもので済ませた。初夜に寝室に足を運ぶことがなかったというのは、すでにこの国の貴族のほぼ全員が知っているだろう。おかげで、クローディアは問題のある令嬢とみなされてしまった。

 今後、クローディアがまともな幸せを手に入れるのは困難だろう。

 でも、何で?どうして今、頬を赤くしたの?それは、怒りよね?まさか――いえ、部外者のわたくしがでしゃばるものではないわね。

「駄目よ、クローディアは私のものなんだから」

 代わりに、クローディアの背中に両手を回す。体を支える腕がなくなったから、クローディアに押し倒されるようにしてソファの上に転がる。

 その体は、少しだけ震えている気がした。

 結婚式の一つもちゃんと行わない殿下には、クローディアは譲らないわ――そんな思いを込めて強く抱きしめる。

 書類上はすでにクローディアは殿下の妻なのだけれど。

「……ありがとう」

 囁くように告げたクローディアが体を離す。ぽんぽんと、どこかあやすようにわたくしの頭を撫でたクローディアが前を向き、対面に座るエインワーズ様と視線を合わせる。

 どこか探るようなやり取りの後、彼女ははぁと吐息を漏らした。

「何を考えているのかさっぱりですね」

「ふふ、さすがに鍛え方が違うからね。ま、殿下の件はそのうちオレからきちんと言っておくよ。だから勝手に出歩くのはやめて……とは言わないけれど、せめてこうして会いに来るときには許可を取り付けてほしいところだね」

「わたしが合いに来る相手はアマーリエですよ」

「あれ、つれないね。『アマーリエを愛でる会』の同志だと思ったんだけどな」

「その会、どうすれば入れますか?……ってちょっと、痛いよアマーリエ!?」

 おかしなことを言うクローディアをぽかぽかと叩きながら、わたくしは目の奥がツンとするのを必死にごまかした。

 うれしくて、けれどこうしてうれしいと思っていることが申し訳なかった。

 本来なら、クローディアはここにいるはずはなかったのだ。あのお茶会でわたくしが精霊のいたずらのことを話さなければ、彼女はもっと自由に生きることができていたはずだったのに。

 ごめんなさい――心の中で謝る。

 クローディアはきっと、わたくしに謝ってほしいだなんて思っていないだろうから。

 しんみりした気分を変えるべく、わたくしが口を開こうとした、その時。

「ディィィィィアァァァァァァ~」

 びりびりと窓ガラスを震わせるような叫び声が響いた。思わず立ち上がった私は、クローディアを守るような位置に移動したフィナンと顔を見合わせて――ふと、先ほどの声がクローディアを呼ぶものだった気がして彼女の方へと視線を向ける。

 クローディアはひどくひきつった顔で天井を見上げていた。そしてもう一人、瞬時に状況を理解して泰然とソファに座る人影があった。

 エインワーズ様に状況を訪ねようとしたその時、勢いよく客間の扉が開いて一人の男性が部屋に飛び込んでいきた。

 ぎょろりと部屋の中を見回したのは、長身痩躯の男性。まばゆい金髪を振り乱す彼は、燃えるように赤い瞳にクローディアを映し、一瞬で彼女の背後へと移動した。

 背後から抱きしめ、頭を撫で、髪に顔を押し当てて匂いを嗅ぐ――一連の行動を前に、わたくしとフィナンはただ硬直するばかりだった。

「ディア、ディアだ、ディアがいる!幻ではない、本物のディア!ああディアだ、ディア、ディアがいるよぉ!でも人妻のディア、ボクのディアはいなくなってしまったんだぁぁぁぁぁぁぁッ」

 慟哭。膝から崩れ落ちた男性の姿がソファの背もたれの奥に消える。ゴロゴロと床を転がるその姿は、とてもではないけれど成人間際の男性がする振る舞いではなかった。そもそも、成人しているのかしら?

「……お兄さま、恥ずかしいので止まってください」

 ぴたりと、その動きが止まる。

 待って。お兄さま?

「きゃ!?」

 がばりと起き上がったクローディアのお兄さまが、再びクローディアに抱き着く。怖い。怖すぎる。感情の落差が大きくて、思わず悲鳴が出た。

 今度は優しく、慈しむようにクローディアの髪を手で掬う。

「きれいになったね、ディア。ディアと会えない日々は地獄のようだったよ。けれどボクは頑張ったよ。耐え難い拷問を乗り越えて、領地に帰ったんだ。学園を早期卒業できてね?家に帰った際のボクの痛みがわかるかい?愛するディアが家におらず、しかも結婚して家を出ていたというこの悲しみッ!一体どうすればいい?ディアの夫をぶん殴ればこの気は晴れるのかな?」

「殴ったら最悪極刑だわ」

「……おかしいな。今、ディアの口からとんでもない言葉が聞こえた気がするな。ディアとの再会に舞い上がってしまってせっかくのディアの言葉を聞き逃すなんて、何たる衰え!こんなんじゃだめだ。やっぱりボクにはディアが必要なんだ。ねぇ、帰ろう?ね?」

「……無理だよ。そもそも、せっかく独り立ちするためにってわざわざ高い学費を払って貴族学院に入ったのに、どうして早期卒業なんてしてしまったの?」

「仕方ないだろう?ディア成分が足りなかったんだ。でも失敗だったよ。まさかディアが王都に来ていたなんて。ボクのこの鼻をもってしても嗅ぎ分けられなかったよ。たとえ人ごみに紛れていてもこの目が、耳が、鼻が、決してボクたち二人がすれ違うことを許さないのに」

「お兄さまがまだ王都にいたころは王城で缶詰になっていたもの。すれ違いも起きようがないわよ」

「王、城?うん?ディアはだれかの妻になってしまったんだよね。ねぇ、愛しのお兄さまにその間男の名前を教えてくれないかな?」

 間男って……殴る以前に、この会話を聞かれた時点で極刑じゃないかしら?このお兄さまに詳細を語っても大丈夫なの?

 ちらとクローディアを見る。彼女はわたくしと目を合わせ、強くうなずいて見せた。何やら策があるらしい。

「お兄さま、わたしの夫はアヴァロン王子殿下よ」

「……んん?」

 策はどこへ行ったのだろうか。

 クローディアのお兄様の視線が、エインワーズ様へと移る。貴族学園に通っていたということだし、エインワーズ様とはそこで知り合ったのだろう。友人、なのだろうか。なんだかすごく危険な組み合わせの気がするわね。

 楽しそうに笑うエインワーズ様が、ぐっと親指を突き出す。

「あってるよ。クローディア嬢の夫は殿下だね」

「どうして君がいながらディアがこのような目にあっている!?」

「いやぁ、それをオレに言われても困るなぁ。大体、オレにだってどうしようもないことは多いんだよ?」

「君に守ってもらうためにボクは苦渋の決断をしたというのに!?日夜ディアのかわいらしいところを君に共有したボクの努力の意味は!?」

「なぁんにもなかったね、どんまい!」

「……お兄さま、そんなことをしていたのですか?……あぁ、恥ずかしい」

 瞬間、クローディアのお兄さまは膝から床に崩れ落ちた。その姿が再びソファの向こうに消える。クローディアは顔を手で覆ってうめく。

 はしたないけれど身を乗り出したわたくしは、白目をむいて気を失う残念な色男の姿を目にすることになった。

「最近、失神する人をよく見るわ」

 ちらと視線を向けたクローディアの言葉に、フィナンはふいとそっぽを向いた。


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