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17親友

 今日は朝から落ち着かなかった。玄関でソワソワと行き来するわたくしと、通りがかった使用人が生温かい目で見ながら通り過ぎていく。

 普段は使用人との気安い距離感がありがたいけれど、今は少しだけ不満だった。

 わたくしは一応、あなたたちが仕える家の人間なのよ?もう少し敬意はないものかしら?

 もう少ししたらわたくしはこの家の人間ではなくなるのだから今更な話だ。そう、結婚するのだ。エインワーズ様と、結婚。

 ……心臓がもつかしら。エインワーズ様と二人きりなんて、耐えられる気がしないわね。

 脳裏をよぎるエインワーズ様の笑みに赤面しているうちに、玄関前で問答を繰り広げる人影が目に映った。待ち人が来た。

 どうやらもめているらしい。徒歩で足を運ぶ貴族令嬢なんて門番は想像もしていないだろうから仕方がない。しかもその女性が王子妃にして古の契約の証を持つ女性の名を語れば動揺はひとしおだろう。

 ……一応彼女が来ることを話しておいたのに、一向に話が進む様子がない。だから仕方がないのよ。ええ、こうしてわたくしが門まで彼女を迎えに行くことで余計なロスをなくし、なおかつ時期王妃殿下のおぼえをよくするの。他意はないわ。

 扉を開き、彼女のほうへ向かう。自然と足取りは軽くなった。

 数少ない、わたくしが気兼ねなく付き合える大事な友人。彼女は、わたくしのことをどう思っているのだろう。友人?親友?あるいは、交流のある貴族令嬢?

 できれば、せめて友人と思っていてくれると嬉しい。

 あなたの人生を壊してしまった、こんなわたくしだけれど、あなたはまだ、わたくしを友と呼んでくれるのかしら。

 わたくしの姿を目にとめた彼女がゆるりと微笑む。柔らかな薄紫の瞳が弧を描く。

「いらっしゃい、クローディア!」

「歓迎ありがとう、アマーリエ」

 これまでのどこか野生児のような様子はなくなり、根っからの貴族令嬢らしい様子でクローディアが笑う。むしろわたくしのほうが昔のクローディアのようだった。

 思わず感極まってハグをしてしまった。

 困ったような気配が伝わってくる。……また背が高くなっていないかしら?

「仕方ないでしょう?王城についてすぐに毒で倒れたと聞いて心配したのよ?大丈夫、なのよね?」

「昨日あれだけアマーリエが診てくれたから大丈夫だよ。ほら」

 力こぶを作って健康なアピールをする。そのいつも通りの姿に、思わず泣きそうになった。

 そこには、わたくしのよく知るクローディア・レティスティアの姿があった。

 いえ、今はもうクローディア・ルクセントなのよね。


 クローディアを客間へと案内する。

 扉を開いた先、ソファにどっかりと座る人物の姿を見て頬がひきつったのは仕方がない。

「いらっしゃい。邪魔しているよ」

「お久しぶりです、エインワーズ様」

 クローディアに動揺は見られない。ただ隠しているだけか、あるいは予想していたか。クローディアにはエインワーズ様が突然現れて心臓に悪いという話をしたことがあるから、予想していたというのも十分あり得るだろう。

 狩人気質なクローディアは、相手の次の動きを読むのが得意なのだから。

 それはさておき、いくら親しい間柄であっても、お小言の一つは言っておかないと気が済まない。

「エインワーズ様?今日はわたくし、お忙しいと申し上げていましたよね?そもそも、一体どうやって家に入ったのですか?」

「どうやってって、使用人が入れてくれたよ?もちろん義父にも挨拶しておいたよ。親しき仲にも礼儀が必要だからね」

「お父様もですか……」

 もはやエインワーズ様の姿がこの屋敷で見られるのは当たり前になりつつある。わざわざ歓迎するのも面倒だろうとエインワーズ様が切って捨てたため、お出迎えも簡素なものだ。そのことを逆手にとって、最近では先ぶれもなしにこっそりとやってきてはわたくしを驚かせようとしてくるのだから困ったものだ。けれどまあ、いたずらが成功した子どものように無邪気な笑みを見せるエインワーズ様を目にすると、怒る気も失せるというものだった。

 そんなお可愛らしい一面にわたくしが惹かれていることを、たぶんエインワーズ様は知らない。

「まあまあ、落ち着いてって。レティスティア嬢……ああ、今はもう違うのか。それじゃあクローディア嬢と呼ばせてもらおうかな。今日はマリーを独り占めできなくなってしまうけれどいいかな?」

「名前も、同席するのも構いませんよ。わたしも、エインワーズ様と一緒にいるアマーリエを愛でることができますから」

 二人が固く握手を交わす。なぜだか頬が引きつった。

 顔がカッと熱を帯びて、気を紛らわせるように二人の手へと手刀を振り下ろした。

「ちょっと、わたくしをよそに意気投合しないでいただけますか?」

「ふふ、慌てたアマーリエも可愛いわ」

 気恥ずかしくて、逃げるようにお茶の用意に向かう。魔法で水を加熱して――あ、手伝ってくださるの?ではカップを温めてもらえるかしら。

 背後では相変わらずわたくしに関する話題が続いている。

「だろう?いつもは冷静を装っているけれど、一度パニックになると途端に幼くなるんだ。このギャップがたまらないんだよねぇ」

「幼さと妖艶さのハーモニーですね」

「そう。魅惑の女性だよ。本当、こんなアマーリエを他の男には見せられないよね。クローディア嬢は特別だよ?何せアマーリエの唯一無二と呼んでもいい女性の理解者でありオレの心の友だからね」

 魅惑って、そんな、ちょっとほめすぎではないかしら。

「あら、それではわたしが男性だと言っていることになりませんか?」

「んー、どうにも言動に男性らしさがあるよね。ほら、前はもっと自由奔放な感じだったよね?」

 紅茶をテーブルに置きながらうなずく。やっぱりエインワーズ様もそう思われたわよね。

「それはわたくしも思いましたわ。こう、なんだか歌劇の男装女優を見ているようですわ。一体どこでこんな振る舞いを学んだのかしら」

「ああ、演劇の。なるほど、確かにそんな感じだね。劇でも見に行ったのかな?」

「……王妃教育ですかね?人心を掌握して民を導く女性って、こんな感じじゃない?」

 恥ずかしそうに頬を掻くクローディアの雰囲気がもとに戻る。コロコロと忙しい。でも、いつものこの雰囲気のほうがいい。さっきのクローディアを見ていると、どうにも胸がときめいてしまうから。

「うん、わかってやっているんだ。……魔性だね」

「魔性……なんだか微妙ですね?せめてミステリアスとか、そういう表現なら受け入れられる気がしますけれど」

 でも、そちらの女性は激しく同意しているわ。首が取れてしまいそう。クローディアと一緒に来たのだし、彼女はクローディアの使用人なのよね?

 誰も信用のおける人がいないと思っていたけれど、意外と王城でもうまくやっているのかしら?

「ねぇクローディア、そちらの女性は?」

「……そうだね、オレも気になっていたんだ。紹介してくれるかな」

「彼女はわたしの抱き枕です」

「だ、だだ、だだだきまきゅっ!?」

 使用人の女性が壊れた。というか、抱き枕って何よ、抱き枕って。

「……あれ、アマーリエは見ていましたよね?昨日、倒れて一緒に医務室へ運ばれたので、せっかくだからと彼女を抱きしめて寝たのですよ。……すごく心地よかったですよ」

 クローディアがどこかうらやましそうに体の一部を見ながら告げる。女性が胸元を掻き抱いて後退る。こう、小動物を見ているみたいね。すごく庇護欲をそそるし、それに揶揄いたくなるわ。

「……そっかぁ、抱き枕か。よろしくね、抱き枕嬢」

「わ、私はフィナン・カルメンです。抱き枕じゃありません!」

「……フィナンっていうのね」

「え、クローディア、まさか名前を知らなかったの?」

「そうね。少し申し訳なく思うわ。わたしもあまり人のことが言えないのね……。よろしくね、フィナン」

「は、はい!このフィナン・カルメン、クローディア様の手足となり盾となり、身命を賭してお仕えする所存です!」

 背は低く、だからこそ一部がすごく大きく見えるクローディアの使用人は胸元でこぶしを握って宣言した。発言がすごく重い。でもまあ、昨日の一件のことを思えば自然かもしれない。

 こうして出歩いていられるということは、昨日の一件は内々で片がついたということだろう。

「二人とも、もっとリラックスしていいよ。特に、クローディア嬢が気を抜かないとフィナン嬢が緊張のあまり倒れてしまいそうだね。第一、今ではもうオレとクローディア嬢の立場にはほとんど差はないんだからさ」

「……じゃあ、お言葉に甘えて。どうしたの?」

 クローディアの不思議そうな視線が突き刺さって、思わず目を逸らす。

「……別に」

 別に、二人で意気投合しているからのけ者にされているようで寂しかったとか、そんなんじゃないわよ。ただこう、二人を取られてしまったような気がしたというか……やっぱり寂しかったのかしら。

「ああ、頬を膨らませちゃって……可愛い」

「ちょっとクローディア!?可愛いはやめて!」

「じゃあ綺麗?」

「いいや、マリーには『美しい』という形容がふさわしくないか?」

「では美麗で」

「いいな。マリーは美麗な女性ってことで」

「ちょ、二人とも!?」

 顔を見合わせたクローディアとエインワーズ様がくすくすと笑い出す。揶揄われた。

 恥ずかしくて顔が熱くなるけれど、不思議と悪い気はしなかった。ずっと、こんな時間を望んでいた気がする。

 クローディアと、エインワーズ様と、わたくし。

 胸が温かいもので満ちていた。


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