3話
「は?!」
目が覚めると、そこは地底の世界だった。周りに生命の気配はなく、荒廃した地平が広がっている。
上を見ると、そこには太陽が見える、が、遠い。いや、そもそも太陽は宇宙にあるから遠いのは当たり前なのだが、いつもより距離を感じる。
どうやら自分はかなり深い穴に落とされたようだった。
「体は・・・・・無事だ」
なにか夢を見た気がしたが、頭に霧のようなものがかかって上手く思い出せない。
<それは私が君の体を修復したからだ>
「?!」
突然、声が聞こえる。だが、周りを見渡しても誰もいない。
<ふむ、いいリアクションだな。これは融合したかいがあった、と言うべきなのだろうか?>
「頭の中から、声が聞こえる?」
星水の頭の中で中性的な声が聞こえる。その声は淡々と平坦に話すので、まるで機械が話しているような感じがしたが、どこか人間らしいユーモアも感じる、そんな不思議な声だった。
<そうだ、私と君は融合して一心同体となった。これから死ぬまでよろしく。ああ、プライベートは保証しよう。人間は何気ない日常を1人で自由に過ごさないと、ストレスで頭がおかしくなるらしい>
「よくわかんないですけど、要するにあなたのおかげで、僕は助かったということですが?」
思い出した、この声は自分が穴に落ちて死にそうになった時に聞こえた声だ。
<いや、私は君を助けたわけではない。君と契約したのだ。つまり、win-winな関係?というやつだろう>
「は、はぁ・・・・・」
<あと私と君の間に上下関係は不要だ。私に敬語は必要ない。いちいち会話で気を利かせなければならないなど、非効率的だ>
「あ、そっすか」
なんか、いまいちキャラがつかめないなと星水は思った。
「あの、あなたの・・・・・アンタの名前はなんていうんだ?」
<名前か、私に名前などないが、そうだな・・・・・アクマ、とでも名乗っておこう>
「悪魔?!」
星水の体が凍ったように固まる。もしかしたら自分は何か取り返しのつかないことをしてしまったのでは、
<む、すまない。怖がらせる意図はなかった>
「え」
<先ほど、私は君とお互いに了承の上で契約したと言ったが、あの時の君は死にかけていた>
あぁ、やっぱりあの時の体が段々と冷たくなっていった感覚はウソじゃなかったのかと、星水は「死」の感覚を思い出して身震いする。
<生命である以上、生きたいか?と問われれば「生きたい」と言うのは当然のことだ。そして君は、まるで悪魔に魂を売ってでも生きてやるといった感じだった>
うん、まぁその通りではある・・・・・?
<よって、それにちなんだ名前として「アクマ」にしたんだが・・・・・すまない、どうやら私にはユーモアのセンスがなかったみたいだ>
あ、思ったより大丈夫かもしれないと星水は思った。
<そして後ろに敵性反応だ、気をつけろ>
「?!」
慌てて後ろを振り向くと、岩場から2人の屈強そうな男が現れる。
「お?なんでバレたかね?一応、足音は消したはずなんだが」
「なんだっていいさ、ガキが1人。余裕だろ」
2人の男は星水を見下すような態度だが、それと同時に獲物を狩る目をしていた。星水の危機察知能力が警戒心を上げる。
<警戒してるとこ悪いが、早く逃げた方がいい。君は当たり前のように知ってるかもしれないが、君・・・・・びっくりするほど弱いよ?>
「・・・・・分かった、逃げる」
なにかとんでもないことを言われた気がしたが、星水の行動は最短で「逃げ」を選択する。
いや、この異世界で少しの間だけ過ごしてみて分かった。
自分が異世界に来たおかげで、地球にいた頃より確実に強くなっているが、周りの人たちは全員が自分より強いということが。
「逃げやがった!」
「待ちやがれ!」
<うん、今の状況では確実にベストな選択をしたわけだが・・・・・このままだと追いつかれる>
今はまだ星水と2人の男の間に距離があるが、それも段々と縮まっていく。
「は?!おい、アクマ!お前なんかないのか!」
<残念ながら今の私に魔力はない。君を直すのにほとんど使ってしまった>
「それはゴメンね?!ありがとう!」
<礼は不要だが感謝されたからには、どういたしまして>
「ハハハ!あのガキ、ずっと独り言してるぜ!」
「頭がおかしくなってんじゃねぇのか♪」
どうやら星水とアクマの会話は他の人から見れば、星水が1人で架空の誰かと話している頭のおかしい人と映るようだ。
「誰かぁあああ!助けてくれえぇえええええ!!」
だがそんなことは今の星水には些細な問題だった。
<前方に誰かいる>
前を見ると、青年の男が岩の壁を背に本を読んでいた。
「!、すいません!助けてください!!」
追われている星水は藁にも縋る思いで青年の男に声をかける。
「・・・・・」
しかし、星水の懇願に青年は無言の拒否で答える。
<ははは、これはもしや嫌われてるというやつかな?君、バッドコミュニケーションでもしたのか?>
「まだファーストコミュニケーションなんだけどぉ?!クソがぁ!」
星水はこの世の不条理さを叫びで力に変えて、走る。走って、走って、本を読んでる青年を通り過ぎる。
・・・・・・・・・え?
<どうやらあの青年、逃げる気はないらしい>
後ろを振り返ると、青年は先ほどと変わらず本を読んでいる。
「おうおう、そこの陰気くせぇ坊主。オレ達のことを見ても逃げねぇとは、いい度胸してんなぁ!」
「コイツ、本を持ってるぜ!一部の学者とかに売れば大金が手に入るシロモノだ!」
2人の屈強な男は逃げる星水よりも、逃げもせず本を読んでいる青年にターゲットを変えた。
「・・・・・」
青年は2人の男に威圧的な態度で見下ろされてることに気にすることなく本を読み続ける。
「おい小僧、その本をおとなしく渡してくれりゃあ、命だけは助けてやる」
2人の男は青年が持っている本に手を伸ばす。
「おい、この本に手を出すなら・・・・・殺すぞ」
「「!」」
だが、先ほどまで本を読んでいた青年が、急に顔をこちらに向けたことで2人の手が止まる。
「あ?なんだ、手をださねぇのか?だったらどっかに行っちまえ」
2人の男は身震いした。先ほど青年が俺たちを見てきた時の「目」に恐怖を覚えた。思わず逃げてしまいたくなるほどに。
俺たちの直感が告げている。この男には手をだすなと。
・・・・・しかし、だがしかし、男たちは退かなかった。青年が持っている本は高価なものだ。売れば金になる。
男たちは、長年この過酷な環境で生きのびてきた「経験や直感」より、目の前のお宝な本を欲しがる「欲望」に身をゆだねることにしたのだ。
「そうかい。だったら殺して奪うだけさ!」
2人の男のうちの1人が拳に炎を纏わせる。
「じゃあな、クソガキ!」
炎の拳は青年に向かって振り下ろされる—————
「ああ、じゃあな。おっさん」
しかし、その攻撃が届くことはなかった。
男と青年の間にボーリング玉くらいの大きさの黒い球体が突然現れると、男の手に纏わせられていた炎を吸い込んでいく。
「なっ?!お、俺の魔力が、す、すわれていく?!」
炎だけに飽き足らず黒い球体は男の魔力をどんどん吸い込んでいく。
「おい!その黒い球から離れろ!!」
もう1人の男が仲間の魔力は吸い込んでるのが黒い球体であると判断し、離れるように言う。
「離れてぇよ!離れてぇんだけど、離れられねぇんだ?!」
「はぁ?!」
「俺の魔力だけじゃねぇ!俺の体も吸い込まれてるんだよ!!」
どうやら黒い球体は魔力だけではなく、人間の体・・・・・いや、神羅万象あらゆるモノを吸い込むらしい。
「はぁ、だから殺すって言ったっていうのに、めんどくせぇ」
青年はため息をつきながら片手間に男を黒い球体に吸い込ませようとする。
「な、なぁ。お、俺、どうなっちまうんだ?」
「あ?」
「お、俺の体は黒い球より大きいのによぉ、吸い込まれそうなんだよ・・・・・なぁ、俺の体、いったいどうなっちまうんだよぉ?!」
男は悟ってしまった。この黒い球体は自分の体より小さいが、とてつもないパワーで自分を球体の中に引きずり込もうとするだろう。
であるならば、どうやって?
・・・・・そんなの決まってる。自分の体をサッカーボールのように丸めて吸い込むのだと。
「ロクな死に方じゃねぇだろうな」
「あ、あぁああ・・・・・あああぁあああぁああぇああああああああ!!!」
バキっ! ぐちゃっ! べきぼきっ! ずちゅるっ!
男の体が「く」の字に曲がって骨が折れる。体のいろんなところがねじ切れていく。内臓が”ぐちゃぐちゃ”に飛び出す。血が噴水のように噴き出す。
黒い球体は男の頭の先から足の先まで綺麗に吸い取っていく。もちろん飛び出た血も1滴残らず吸い取る。
最終的には、男は元々この世界に存在しなかったように綺麗サッパリと消えてなくなった。
「え・・・・・もしかして、オマエ「死神」か?」
もう1人の目の前の光景に呆然としていた。
「その名前、好きじゃねぇんだけど?」
「ひ、ひぃいいいいい?!」
しかし青年に睨まれた瞬間、男はすごく綺麗なフォームで逃げ去っていった。
「ふん、くだらねぇ」
青年は男を追いかけることなく、岩を椅子代わりにして本を読む。
「あの!ありがとうございました!!」
どうせ今日もろくでもない1日だろうなと思ってた矢先、また声をかけられる。
顔をあげてみると、ソイツは先ほど2人の男に追われていた人間、星水ゼロイチだった。
***
星水は頭を90度さげて青年に感謝の意を示す。
「・・・・・別に、お前を助けたわけじゃねぇよ」
青年は星水の行動に少し面食らったが、すぐに素っ気ない態度になる。
「それで、その、さしでがましいとは思うんですけど、自分この場所に来たばかりでして・・・・・ここについて詳しく教えてくれると助かるんですが・・・・・」
星水は「自分はあなたよりも下の人間ですよ」というような雰囲気を出しながら、青年にこの世界の教えを請おうとする。
「は?・・・・・ああ、お前この大穴の外から来た奴か・・・・・そんなこと知るわけないだろ」
しかし、星水の願いは無駄になってしまった。だが星水も、はいそうですか、と諦めるわけにはいかなかった。
なぜなら、先ほど自分が追われた経験を踏まえた時、ここってすごく治安が悪くない?と感じたからだ。
だとすれば、さっきは偶然にも助けられたから五体満足で済んだが、この先も生きのびられるとは到底無理だと思った。
「えっと・・・・・じゃあ、あなたと一緒に行動してもいいですか?!自分はすごく弱くて役に立ちませんが、雑用とかなんでもやるので!!」
ならばと星水がとった行動は、強者の庇護下にはいることだった。
弱者の自分が生き残るには強い人に守ってもらうのが一番と彼は考える。まるで「虎の威を借る狐」みたいだなと思った。
星水はまたも頭を90度さげて頼みこむ。
「・・・・・」
「?」
しかし青年からの反応はない。不思議に思った星水は顔を上げてみると—————
「おまえ・・・・・本気で言ってるのか?」
そこには目を見開いて、まるで運命の相手に会ったかのように驚いた表情を見せる青年がいた。
「え、まあ、わりと本気です」
星水は予想外の反応に驚く。正直な話、「嫌な顔で拒否される」か「嫌々ながらも引き受ける」の2つあるパターンのうちのどっちかだろうなと思ってたからだ。
「俺が、怖く・・・・・ないのか?」
「?、そりゃあ、自分を助けてくれたから、イイ人かな?と思いましたけど」
青年の質問の意図が全然わからないかったが、とりあえず自分の正直な気持ちを伝えると、
「じゃ、じゃあさ!!」
青年が勢いよく立ち上がって、こちらに真剣な表情で向き合ってきた。
星水は先ほどまで大人っぽい雰囲気で話してた青年が、急に子供っぽい感じに見えた気がした。
「は、はい」
「お、俺と、」
「・・・・・」
「と・・・・・」
「と?」
「友達になってくれねぇか?!」
「・・・・・・・・・自分でよければ?」
***
「ここが俺がいつも寝泊りしてる場所だ!どっか適当なところで休んでくれていいぞ!」
「おお、小さい洞窟だ・・・・・」
あれから星水は青年が住んでいる家に招待されたが、そこは数人だけ入れるくらいの小さな洞穴だった。
「なあ親友、お前って名前とかあるのか?」
「ああ・・・・・星水って名前がある」
「そうか、ホシミズか!じゃあこれからは星水って呼んでいいか?!」
「ああ。いいよ」
青年はとても嬉しそうな様子だった。
「ハハハ!いいな!なんかこう、名前で呼ぶのって!!」
「そうか?」
「ああ。俺には名前がなかったからな・・・・・」
青年の意外な事実に星水は驚く。両親はいなかったのだろうかと思った。
「そうか、じゃあなんて読ぶべきか・・・・・」
「!、じゃあ星水が俺に名前をつけてくれよ!」
「えぇ?!・・・・・う~ん」
星水は頭を悩ませる。まさか結婚もせずに人に名前をつけるなんて思ってもみなかった。
「・・・・・」(ワクワク!)
”ちらり”と青年の方を見てみると、期待に満ちた目を輝かせながら待っている。
「・・・・・・・・・じゃあ、俺の名前の”ゼロイチ”でもあげようか?」
「星水って名前を2つ持ってんのか?!」
「まあ、そんな感じだな」
星水は名字や名前の説明をするのがめんどくさかったため、適当に相槌をついた。
「ゼロイチ・・・・・変わった名前だな。数字を使ってるなんてよ」
「ザ、キラキラネームって感じだよな」
「ゼロ、なにもない空っぽな数字と1つだけの数字か・・・・・よし!決めたぞ星水!」
「お、おう」
星水はまさか自分の名前が気に入られるとは思ってなかったので、意外な様子だ。
「俺は今日からゼロって名前にするぜ!」
「はあ?!お、おい、本気でそれでいいのか?」
「?、なんでだよ、カッコイイじゃねえか。前までの空っぽな俺みたいで」
「そ、そうか。お前がそれでいいならいいけどよ・・・・・」
そんな中二病全開な名前でいいのかと思ったが、目の前の青年—————ゼロはとても嬉しそうだった。
「じゃあ、これからよろしくな!ホシミズ!!」
「あ、ああ。よろしく・・・・・ゼロ」
なんかとんでもない奴と友達になったなあとか思った星水であった。
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