2話
とある国の門の入り口まで全速力で走ってたどり着いた星水ゼロイチ。そこで彼は—————
「通行許可証は持っているか」
「あ、すいません。もって、ないです・・・・・」
「なら、どこの国の出身だ?」
「えと、日本です」
「?、聞いたことのない国だな」
国の門番につかまっていた。
「で、デスヨネ~」
「ですよね?・・・・・お前、本当はどこから来たんだ?」
門番が星水を見る目が、素性の知らない怪しい不審者を見るような目であった。
「わかん、ないです・・・・・」
やっちまった~~~!!と、星水は心の中で嘆いていた。
ここは異世界であると同時に人がたくさん住んでる<国>なのだ。国である以上そこには治安があるわけであって、それを守るために外敵からの侵入を防ぐ国の門番がいて当然であるではないか。
星水は自分が先を考えていない楽観的な思考に呆れる。
「この国には1人で来たのか?」
「あ、ハイ」
「何も持っていないように見えるが?」
「あ、手ぶら、ですね」
「それに見たことのない服装だ」
星水の今の服装は、水色のパーカーに黒色のズボン。
異世界の人からしてみれば、彼の服装は変わった姿に見えるのである。
「これは、その・・・・・」
「?」
「し、知らない商人から買いました」
「ふむ・・・・・ひょっとしてキミ」
「!」
星水は一瞬だけ肩を"ビクッ"と震わせる。もしや怪しい人と判断されて捕まってしまうのでは、
「もしかして、国じゃなくて村から来たのかい?」
「!、あ、あ〜どうなんでしょう。自分が住んでた所は9つくらいの家に数十人の住人がいましたけど、これって村なんだすか?」
星水は嘘をついた。
「それは村だなぁ」
「そうなんですか」
門番の警戒心が薄まったことに星水は一安心した。
「う〜ん、よし分かった。とりあえず、これから軽い事情聴取をして問題がないようなら通行を許可しよう」
「あ、ありがとうございます!」
門番の提案を星水は快諾する。
***
門番に連れられて狭い部屋にやってきた星水は、そこで机を間に挟んで、お互いに向かい合う形で座る。
「それじゃあ先ず初めに君の名前を教えてくれるかな」
「ゼロイチです」
「ゼロイチ君ね」
あれ、名字は言わなくてもいいのか?と星水は疑問に思ったが門番は特に気にしてない様子だったので、星水も特に気にすることはなかった。
***
「・・・・・」
「うん、特に問題はないかな。もう大丈夫だ、国の滞在を許可しよう」
「ありがとうございます!」
星水は元気よく門番に頭を下げた後、国の門をくぐった。
「うお、すっげぇ・・・・・」
人は感動した時、単純な言葉しかでてこないというが、その通りだと彼は思い知った。
目の前に広がっている光景は、まさにファンタジーの世界であった。レンガで造られた家、石で造られた家、木で造られた家、そのどれもが昔の西洋の建築物みたいだと感じる。
なにより、そこには人が当たり前のように生活している。まるでタイムスリップしたような不思議な感覚になる。
これは異世界に来なければ絶対に味わえない感覚なのだろう。彼は軽い興奮状態になった。
***
「・・・・・お腹が空いて動けない」
しかし興奮による熱も空腹には勝てなかった。
「よく考えたら、今の俺って金なし人間なんだ」
日本にいた頃の星水ゼロイチは「円」という通貨で過ごしていたが、この世界の通貨は「G」読み方はゴールドという別の通貨だった。つまり何が言いたいのかといえば、
星水ゼロイチ、現在の所持金 0ゴールド。金がない。
”ぐうぅう~”
腹の音だけが虚しく響き渡っていた。どうしようもないので星水は道の端で座り込んでいた。
「ねぇ、あなた、大丈夫?」
とりあえず働けるところでも探してみようかなと、そんなことを考えていたら、女性の声が聞こえた。顔を上げると、自分の目の前に年齢が同じくらいの女性が立っていた。
「え、あ、はい・・・・・すいませんウソです。空腹で死にそうです」
「そこまで?!あなた、家はどこにあるの?」
「家は、この国にはないですね」
「えぇ・・・・・」
彼女は少し怪しむようにで星水を見るが、彼の言葉はウソを言っているようには思えなかった。
なにより、さっきから彼の腹から食べ物を求める”ぐうぅう~”という叫び声が聞こえてくる。
***
「もがもが。ほ、本当にもが、ありがともが、ございもがした!」
「話すか食べるかどっちかにしなさいよ・・・・・」
星水は今、目の前にいる親切な女性にご飯を奢ってもらっていた。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
星水は目の前にいる命の恩人に頭を下げる。これ以上ないほどの敬意をもって。
「まぁ困った時はお互いさまね。そういえば、あなたの名前ってなんていうのかしら」
「星水ゼロイチです」
「え、あなたも名字もちなの?!」
彼女は星水が自分の名字を名乗ったことに、意外だと言わんばかりに驚く。
「はい・・・・・この国では名字って珍しいんですか?」
「珍しいもなにも、名字って貴族とか王族の人しか名乗らないわよ」
どうやらこの世界では「名字」は特別なものらしい。
もちろんのことだが、星水は貴族でもなければ王族でもない。そもそも文明や価値観の違う世界からきた人間だ。
なので彼は自分が遠い国から来たこと、そして自分がいた国では全員が名字を持っていることを説明した。
「あ、別に信じなくてもいいですよ。自分がウソを言ってるだけであって、本当はただのゼロイチでも大丈夫っす」
「う~ん、いや、信じるわ。もし本当だったら貴方に悪いし」
あ、優しい人だなと星水は思った。
「あの、さしでがましいようですけど、よければ働ける場所とかって知ってますか?」
「あ、そういえば路頭に迷ってるんだっけ・・・・・ねぇ、もしよかったら私の下で働いてみない?」
彼女からの提案に、星水は思わず食事の手を止める。
「あなたは女神様ですか」
「は、ハァ?!いや、私はイヴ様みたいに可愛くないし・・・・・」
「?、いや可愛いと思うけど」
「?! そ、そう? そっか、かわいいんだ・・・・・」
彼女が顔を赤らめている。
一方で星水はというと、イヴって誰なのか知らないけど異世界の女の子ってみんな可愛い!しかも仕事を紹介してくれるとか神か?!と浮かれていた。
「あれ、私の下ってことは、もしかして・・・・・名前まだ聞いてなかったんですけど貴方は偉い人なんですか?」
「え?!え、えぇ、そういえば名乗ってなかったわね。私は——————」
「アハハ!いいからさっさと返しなさいよ!下人のくせに!!」
彼女の自己紹介はヒステリックな叫びによってかき消された。
***
2人は何事かと思い、叫び声が聞こえた方に向かう。
そこにはたくさんの人が円状に集まっており、円の中心には汚れた服を着ている少年と、綺麗な服を着ている令嬢がいた。
「い、イヤだ!これはお母さんの薬にするんだ!!」
「へぇ・・・・・だったらなおさら返してもらおうかしら!アンタの絶望する顔が見てみたくなったわ!!」
そして、道でうずくまりながら悲痛な顔で泣いている少年を令嬢が子供のように笑いながら攻撃している光景を目撃する。
「は?」
たったそれだけ、たったそれだけしか星水は呟くことしかできなかった。この異世界に来てから驚くようなことばかりではあった星水だが、この光景は彼にとって異常だった。
人が人に対して当然のように暴力を振るう。彼にとっては非現実的な光景だが、なんだが、それ以上に、それ以上に周りの人の他者を見下す目が星水には気持ち悪く見えた。
周りの人たちは暴力を振るってる令嬢に対して冷たい目を向けているのか?いや、それにしては令嬢が気にしてないのが違和感に感じる—————
周りの人が見下していたのは少年の方だった
「差別」、その言葉が星水の頭の中に思い浮かんだ。
「ホラ!ホラ!ホラ!もっと必死に抵抗してみなさいよ!」
「・・・・・!!」
「あ」
ふいに、星水は少年と目が合ってしまった。
いや、もしかしたらそれは星水の思い込みで本当は少年は自分のことなんて見てないかもしれない。それでも、事実として星水は少年の顔を見てしまった。
何かに救いを求める顔だった。
その顔に星水は見覚えがあった。
自殺する前の自分の顔だった。
社会環境、人間関係、自己嫌悪などのいろんな要素が積み重なり、どうしようもなくなったあの時、星水も何かに救いを求めていた。なんでもいい、誰でもいい、誰か助けてくれと—————
気づけば、差別が起こっている少年と令嬢を円状に囲む傍観者の輪から、星水は抜け出して少年の元に走っていた。
「あ、ちょっと!待ちなさい?!」
後ろからご飯を奢ってくれた恩人の女性の声が聞こえたが、それを振り切るように星水は走り出す。
今の自分には力がある。これは怒りだ。自分は今から令嬢を殴るだろう。
届く、自分の怒りの拳が令嬢に届く。星水は不格好ながらも全力のパンチを令嬢に向かって放ち、
”パシン!”
と、簡単に受け止められた。
「・・・・・え」
星水の拳を受け止めたのは無表情な美青年だった。顔がとても整っていた。
ゾっとするほど綺麗な銀髪のイケメンだった。
「悪いが、雇用主との契約により彼女に危害を加える者に容赦はしない」
「なん、で・・・・・ガッ?!」
「?、今ので倒れるのか?」
星水は自分の拳を簡単に防がれたことに呆気に取られていたが、お腹に強い衝撃がきたことで意識が一瞬だけ飛ぶ。
そして、地面に倒れ込む。
「・・・・・恨みはないが、これも仕事だ」
銀髪の青年は、お腹を抱えてうずくまっている星水を見下ろすと刀を抜き、とどめを刺すために近づいていく。
「っ?! っ?!」
星水はこれまでの人生において、暴行を加えられたことはなかった。なので初めての痛みに体が慣れておらず、体勢を立て直すことができない。
殴られた時の痛みというのは少し特殊だ。殴られた瞬間は、頑張れば意外と耐えられる。
しかし問題はその後だ、殴られた箇所から じわりじわり と殴られた瞬間の時以上の痛みが、後になって毒のように広がっていく感覚がする。
そして殴られた時の衝撃が大きければ大きいほど、ダメージの持続時間が長い。
呼吸ができない、耳鳴りがする、目から涙が止まらない。
「—————!——————————!!」
「—————。————————」
顔を上げてみると、ご飯を奢ってくれた彼女と令嬢が言い争ってる光景がぼんやりと見えたが、そこで星水の意識は落ちていった。
***
「星水、貴様は何者だ!」
「と、遠くから来た、村人です・・・・・」
「ウソを吐け!この国の周辺の村に貴様のような服を着た者は誰1人としていない!」
あれから、星水は尋問を受けていた。
なぜ命が助かったのかは分からない。だが、今の彼には生きている心地がしなかった。
服も没収され、自分が生きてきた証が失われたような感覚になり、毎晩孤独で心が擦り減っていくような気持ちになる。
そして、捕まってから2日後—————————
「今日、貴様の刑が決まった」
「え」
淡々と、目の前の男に刑の執行を言い渡された。
「せめてもの情けだ。服は返してやる」
「ち、違うんです!自分はやってないんです!知らなかったんです!!」
「くどい!貴様の罪は明白だ!!」
「ひっ・・・・・」
自分の服が死装束のようなものになるなんて冗談じゃないと思いながらも、恐怖に逆らえず星水は大人しく従う。
***
屈強な男に星水は目隠しをされた状態で連れられていく。どこに向かっているのかは分からないが下に向かって進んでいるので、どこかの地下に向かっているのだろうかと、彼はぼんやりとした感覚で考えていた。
地下に進んでいく度に空気が冷えていき、段々と恐怖がわいてくる。
「着いたぞ」
目隠しを強引にはぎとられ、視界あ鮮明になった星水に見えた光景は、
「まほう、じん?」
そこは、壁も床も天井も周りの全てが石で囲まれた薄暗い通路、それはまるでゲームで例えるなら地下ダンジョンの入り口だった。
そして通路の奥は行き止まりになっており、その壁には見たこのない規則的で不思議な文様が光っており、それもゲームで例えるなら魔法陣のようであった。
「あらあら、ずいぶんとヒドイ顔になってるじゃない♪」
後ろから悪魔のような笑い声が聞こえる。振り返ってみると、そこには子供を痛ぶって楽しんでいた悪役令嬢がいた。
「・・・・・」
恐らく悪役令嬢のせいで自分は今、追いつめられているのだろう。だが、今の星水には覇気がなく、令嬢に言い返す気力がなかった。
「知ってる?あの魔法陣に触れた者は「地獄」に飛ばされるらしいんですって♪」
「・・・・・」
「ふ~ん、つまんないの。もういいや、さっさと追放しちゃって」
星水の無反応に令嬢は、おもちゃに飽きた子供のような目で見る。
そして
”とん”と、星水を軽く突き飛ばす。
「え」
突き飛ばされた星水は魔法陣に触れると、
その場から消えた。
***
星水の視界に入ったのは、暗闇だった。上も右も左も下もペンキで塗りつぶされたように真っ暗だった。
そして星水は暗闇の中を落ちていく、どこまでも、どこまでも—————
「あ、ああ・・・・・」
今になって死への恐怖が沸きあがってくる。
「あああああああああああぁあああああああ!!!」
今まで何をしていた?こういうことになるのは予想できていただろう?
「嫌だ!嫌だ!いやだ!」
なんで逃げようとしなかった、なんでどうせ死ぬなら恨み言の1つや2つ言わなかった?
「う、うぅううううう!!」
なんで気づいた時には後悔ばっかりなんだろう、
「うぅ、死ね、死ね、しんじまえよ・・・・・」
星水の叫びは誰に届くこともなく、彼はゴミ箱に捨てられるゴミのように落ちて行った。
***
「・・・・・・・・・あ、うぅ」
目を覚ますと、自分の体が地面に横たわってることに気が付く。どうやら穴の底に落ちたようだ。
でも体が動かない、意識も朦朧としてきた。
ここで自分の人生は終わるのか。
<生命の反応を確認。種族:人間と判明>
?、声が・・・・・無機質な声が聞こえる。
<人体への損傷が大きいね、これなら君はもうすぐ死ぬね>
死ぬ。
<生きたいか?>
「・・・・・」
<じゃあ死にたいのか?>
「・・・・・い、いや、だ」
<つまり生きたいのか?>
「・・・・・あ、あぁ!」
<了承を確認。対象の適合率を調べる。照合中・・・・・うん、細胞の融合率は問題ないね。人間、これは契約だ。後戻りすることは不可能なモノだ。それでも、やるかい?>
「死にたく、ない・・・・・!」
<了解>
先ほどまで無機質だった声が、最後の「了解」だけ嬉しそうに聞こえた気がした。そして星水の体は光に包まれていく。
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