1話 弱くてニューゲーム
サブタイトルは長かったこと、なんかタイトルに書きたくなかったという、ふわっとした理由です。
この小説は、なろう小説で前に流行った 「異世界恋愛」×「追放モノ」を掛け合わせてハイファンタジーで書いてみたら面白そうという発想で書いてます。
それは温かい4月の春の日だった。
曇1つない快晴、温かく世界を照らす希望の光。
こういう日は外に出れば太陽の光が温かく体を包み込み、日々の疲れを癒してくれるだろう。
「・・・・・死にたい」
しかし、温かくて心地よい太陽の光をもってしても心の傷が治らない青年がいた。
彼の名は「星水ゼロイチ」。
普通の青年・・・・・と言ってしまえば、それで説明は終わってしまう。だが、そんな説明をしてしまえば彼は人を殺すほどの怒りを抱えてしまうだろう。
「この先どうすりゃいいんだ・・・・・」
彼は高校3年生であった・・・・・と言っても、彼は数日前に高校を卒業した身である。
だが彼にとっての卒業は死刑宣告そのものであった。
高校3年生となると、ほとんどの人は「進学」か「就職」を選択する。
みんなが自分の進路を決める中、星水ゼロイチは進学を選択する。
だが、彼の受験は失敗した。
「すごいな、絶望してる時って涙が出ないんだ・・・・・あぁ、涙を流す気力もないのか」
なにが悪かったかと問われれば・・・・・特になにもしなかったのが問題だったのだろうと彼は言うだろう。
これまでの人生、彼は流れるように生きてきた。
義務教育を終えて、みんなが当たり前のように高校に行くから高校に行き、大体の人が当たり前のように大学に進学するから・・・・・・・・・
「うっ!」
星水ゼロイチは吐きそうになった。
でも原因が本人には理解できなかった。今日の彼の行動は、①朝6時30分に起きる②外に出かける、だけである。
何も食べていない星水ゼロイチは吐きそうになる理由が分からなかった。
もしかしてストレスが溜まっているのだろうか?だとしたら、なんて情けないのだろうと彼は自己嫌悪する。
周りの大人は自分なんかより忙しく働いて、頑張っている。働いていない子供ですら学校に行って勉強して、部活して、頑張っている。
彼は脳が揺れる感覚になる。
ぐわんぐわんぐわんぐわん、脳が回らない。脳に血液が届いていないような不安感におそわれる。
「お腹が空いたな・・・・・」
彼は近くにあったコンビニに入る。
ズボンのポケットに手を入れ、財布を取り出して中身を確認すると、2万1千円が入っていた。充実した財布の中身に、彼は空っぽな心をコレで埋められないだろうかと考えながら、おにぎり、からあげ、ジュースを手に取ってレジに向かっていく。
「お会計は————————になります」
コンビニの店員と目線を合わせないようにする。
別に星水ゼロイチの目の前にいる店員は彼が就活に失敗したことを知らないし、彼の知り合いでもない。なんなら初対面だ。
堂々としていれば目の前のバイトの店員(?)だろうか、彼に自分が情けない人間ということはバレない。
というか、別にこの先の人生でバイトの人と特に関わる気がない星水は自分のことをどう思われようが関係ないと考える。
「あ、これで、お願いします・・・・・」
「ありがとうございます。こちらお釣りになります——————————」
考えた———————————考えた上で、星水ゼロイチは目の前のバイトと一切目を合わせることなくコンビニを出ていく。
駄目だった。頭では———————理屈では目を合わせない理由はないしリスクもないのに、彼の本能が人と目を合わせることを拒んだ。
「・・・・・」
彼は人通りのない道を歩いていく。
どうしても人の目線が怖かった。
自分は1人の人間だ。地球という広い大地で見たら自分の存在なんて気にされるハズがない。自分は有名人じゃないから注目されるわけがない。
—————————そもそも、知らない人に見られたところで何も怖くないし、普通は見ず知らずの人を見ることはしない。
「・・・・・」
そこまで考えて、理解して尚・・・・・星水ゼロイチは他人の目線が怖かった。怖くて仕方なかった。「見られてるかも」と少し思っただけで全身に鳥肌がたって動けなくなってしまう。
「コンビニで買ったオニギリ食べよ・・・・・」
パッケージに包まれたツナマヨ味のオニギリを取り出す。
「いただきます・・・・・うま」
ひと口、オニギリのてっぺんから小さく食べる。
するとツナマヨの具に届いてさえない、ただのご飯とのりだけなのに、彼にとっては人生で食べた中で一番うまいオニギリだと思った。
のりのイイ感じの塩、ご飯の甘味、それが全身の細胞1つ1つに染み渡るような快感があった。
「ウマすぎて涙でてくる」
たまらずオニギリに勢いよくかぶりついていく。
まるで腹を空かしたライオンが、狩りで獲得した肉を無我夢中で必死に食べているようであった。
「ごちそうさまでした」
星水はオニギリを食べ終えると、果てしない感謝をオニギリを作ってくれた全ての人に果てしない感謝を述べた。
「なんか元気になった気がする」
不思議な気持ちになった。たかがオニギリを1つ食べただけで、心が満たされていく感じがした。
「よし!今日で人生おわらせよう!!」
星水ゼロイチは自殺を決意した。
彼は理解したのだ、「自殺」とは心が疲れきっている時にはできない。心に余裕ができた時にできる運動だということを・・・・・
「すげぇ、世界が輝いて見える—————!」
彼は自分の世界を終わらせようと決意したのに、なぜか目の前の景色が美しく見えるという矛盾に、言い表せない感動を得る。
そのなんでもない光景に彼は涙を流す。
そして、それは悲しい時の涙ではない。嬉しい時に出てくる涙だった。
彼は飛べるんじゃないかと思うくらいの軽い足取りで死に場所を求め、歩いていく。
***
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」
あれから5時間、結論から言えば星水ゼロイチは自殺することができなかった。
彼は自殺しようと考えた時、人に迷惑をかけたくはないと思っていた。
ならば、どういった自殺がいいのか?
車に轢かれて死ぬ?ダメだ車を運転してる人に罪悪感とトラウマを植え付けてしまうし、下手したら慰謝料を払わされるかもしれない。
じゃあ電車は?これなら事故で片づけられる・・・・・ダメだ電車の時刻を遅らせたら、たくさんの人に迷惑がかかる。
水でおぼれて死ぬ?ダメだ自分の死体で水を汚したくないし、なにより苦しんで死にたくはない。情けないゴミのような自分が何を言ってるんだという話ではあるが、これくらいは欲張らせてほしい。
山で首つって死ぬ?これなら大丈夫か・・・・・ダメだ親が警察に捜索願いとか出したりでもしたら、お金がかかってしまう。親に迷惑はかけたくない。
結局、人に迷惑がかからない自殺なんてものはないのだ。
「死体」というゴミは処理するのが大変なのだ。
「はぁ・・・・・」
5時間も歩き続けた星水は、いつの間にか誰もない山奥の木の根元で座り込んでいた。
「あ、からあげ食べるの忘れてた」
どうやら自分はコンビニのビニール袋の中に、からあげとジュースが入ってるのを忘れていたようだ。
彼は5時間も歩き続けた疲労を回復するため、からあげを食べてジュースで流し込む。
「ふぅー・・・・・帰るか」
どうやら自分は自殺をする勇気がなかったらしい。
昔の自分は自殺のニュースを見たりした時なんかは、「愚かだ、生きてればそれだけでいいじゃないか。心が弱い臆病者だ」とバカにしていたが、そんなことはない。
彼らは勇気ある人たちだ、尊敬する。
自分には踏み出せなかった1歩を踏み出した人たちなのだ。臆病者で心が弱い自分にはできなかった。
まぁ、もしかしたら自殺した人は全員が心が弱かったり臆病者でした、なんてパターンはあるのかもしれないが、真実はもう聞くことができない。
なぜなら自殺とは命を終わらせる行為である。命が終わってしまえば死者の声を聞くことはできない。
ただ1つ、事情はなんであれ、自殺した人たちは「死」を乗り越えた者だという事実だけは確かだ。
「ふわぁ・・・・・眠いな」
星水ゼロイチは5時間も歩き続けた疲労で疲れていた。ならせっかくだと、彼は木に囲まれた自然のなかで眠ってみるのも悪くないと思った。
なにより外で寝るのなんて新鮮で面白そうだと思った。
「—————」
視界が暗くなっていくのを感じながら、星水ゼロイチは意識をシャットダウンしていった。
***
「ん————眩し?!」
目が覚めると、目の前には太陽に照らされた明るい景色が映りこんでいた。
「朝か・・・・・って、は?!しまった家に帰らないと?!」
朝まで寝ていたのだろうか、それなら自分は家に帰っていないことになる。慌てて起きた星水は家に帰るために慌てて下山する。
わき目も振らず、ただひたすらに「帰らなければ」の一心で無我夢中に山を駆け下り、最初は周りに木しかなかった狭い視界が山の下り坂を走る度に段々と視界が広がっていき、そして—————
「ハァ、ハァ、ハァ、————————え?」
山を下りると、そこには・・・・・見慣れない草原が広がっていた。
「なんだ、これ?」
もしかして自分は夢を見ているのだろうか。
普通なら、山を下りたら、そこには人が住んでいる家やマンション、コンクリート道路を走る車といった、いつもの日常な光景が見えるはずだった。
なのにどうだ?今、自分の目の前に広がっているのは家やマンションに果てはコンクリートもない、一面が草や土で満たされている草原だ。
「いや、向こうに街が見える。あれは・・・・・城?え、王国?」
だが、遠くに街・・・・・いや、大きな国があるのが見える。
遠目からなので詳しくは分からないが、大きな王様が住んでいそうな城とそれを囲むようにアニメやマンガ、ファンタジーゲームに出てきそうな昔風の建物がたくさん建っていた。
「もしかして、異世界転生?」
この非現実的な現象に彼は心当たりがあった。
異世界転生、それは自分がいた世界とは別の世界に転生する現象・・・・・いや、この場合だと星水ゼロイチは転生してないので、異世界転移という言葉が正しいのだろう。
「あれ?泣いてる・・・・・」
気づけば彼は泣いていた。だが、この涙は悲しくて泣いているわけではない。嬉しい時・・・・・とは微妙に違う。
「—————ハ」
この涙は安心した時に出るものだ。
「ハハ」
あぁ、そういうことか。今になって確信した。
「ハハハハハ!」
結局のところ、自分は自由に生きたかったんだ!!
「あははははははははははははははは!!!」
どんな事柄にも縛られない!
ストレス!しがらみ!責任感!罪悪感!自己嫌悪!
こんな!めんどくさい事から解放されたのだ!自分は!!
星水は自分が神にでもなったかのような全能感を感じ、これまで自分がいた世界を、あざ笑うように大声で笑う。
「おっしゃあ!あの街まで走ってみるか!!」
普段、運動することがない彼が遠くに見える街まで全力で走ろうとする。彼は生まれ変わる気持ちで色んな事に挑戦してみようと思ったのだ。
そして星水は大きな1歩を踏み出し
「ぶべっ!!!」
盛大に転んだ。
「・・・・・・・・・」
星水はものすごく恥ずかしい気持ちになった。
いや別に?周りには誰もいないから?誰かに見られていなければ自分の無様な姿はなかったことも同然ですけど?
まぁそれはそれとして、すごく恥ずかしいのだが・・・・・
「ふぅ・・・・・まぁ、恥ずかしがるほど心の余裕ができたと考えよう」
気を取り直して星水は遠くに見える国まで全力で走る。
「?!、は、速い?!」
走り出した瞬間、自分の体が軽くなってることを感じる。
50m走が平均以下の星水が、この世界ではプロの短距離走の陸上選手ほどの速さで走っているのだ。
なおかつ全力で走っているのに息切れがおこる気配がない。これなら5km先にある国まで全速力で走っても余裕だろうと思った。
「ハハ!すげぇ、これってチートじゃねぇか!!」
なんということだ。神は自分を異世界に連れてきて解放してくれた上に、万能な体まで与えてくれたというのか。
「あぁ、俺はこの力で、そうだな・・・・・うん、やっぱり安定した生活をしよう。もう2度と不安におびえることのない、平穏な生活をしよう—————」
前の世界ではあり得ないほどの強靭な肉体を手に入れた星水の願いは、とても質素で素朴な願いだったが、彼の顔は満ち足りていた。
ここから——————ここから始まるのだ、星水ゼロイチによる、これといったトラブルのなく夜は不安で怯えることなく熟睡できる、そんな植物のような平穏な異世界生活が始まるのだ。
そして、それを脅かすような者が目の前に立ちはだかるのなら、どんな手段を用いてでも排除してやると。
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