第10話【VR?】ゾンビという名の新人類
「あーん……うむむ、やはり甘い物は美味しいのう」
女子トイレ前にまだ居座っていたクリスは、ナビと共にチョコバナナを頬張りながら満面の笑顔だった。
あれから取得した隕晶4個の内、2個を料理スキルでチョコバナナに作り変えたのだ。
年齢のせいで医者に糖分を控えるよう言われてから甘い物は食べないようにしていたが、現実と差異のない味覚の再現度は、祭りに行く度に食べていたチョコバナナを想起させるほどだった。
やはりVRゲームを始めてよかったと心底思っているお爺ちゃんである。
クリスはチョコバナナの先端をぱくりと口に咥えると、バナナにかけられたチョコレートを余すことなく舐めていった。
そして久しぶりの甘味に喜色満面の笑みで顔をとろかせるクリスを見て、視聴者たちは盛り上がっていた。
・コメント欄
鬼苺 :おぅふ
名無し1 :なんかクリスちゃんの食べ方ってエロくね
モノヅキ :黒々と長く反り返った棒状の物が美味しいんですね
名無し2 :まさかここでそんな食べ物をチョイスするとは思わんかったわ
「……チョコバナナはワシの思い出の食べ物なんじゃよ」
亡き妻との思い出である。
祭りの屋台で妻がチョコバナナを買いに来たのが出会いの始まりだったのだ。
「んっ……ふぅ。最下級の隕晶ですが、この食べ物は救世主の言う通り美味しいですね」
・コメント欄
名無し1 :ナビさんってアンドロイドなのに食事できたのか
名無し2 :メイド美女とロリババアの食事風景……
鬼苺 :背景の女子トイレの床に血と臓物がなければスクショしとったわ
モノヅキ :というかゾンビの体内にあった物をよく食べれますね
「ワシもどうかと思っておったが、一瞬でチョコバナナに変化したのを見たらどうでもよくなってのう。血の臭いやゾンビを殴った感触までリアルだったが、こうもゲーム的なシステムを体験させられたら気にしなくなったのじゃ」
満腹感まで感じる現実によく似た世界でありながら、ゾンビウイルスの設定やステータスやスキルといったゲーム要素が強く印象に残るのだ。
その認識のバランスのおかげで、クリスはこれがあくまでゲームなのだと思えた。
それから店内のBGMを耳にしながら少しの腹ごしらえを済ませたクリスたちは、これからどうするかを話し合った。
「それでは救世主。今後はどう動きましょうか」
「それなんじゃが……出遅れてスタートしたから当初の予定を変えようと思うのじゃ」
「当初の予定をですか?」
「うむ。当初の予定ではここで物資を得てから、安全な場所を見つけて、そこを拠点にしようと考えていたんじゃよ」
ログイン空間でスタート地点を決める時、クリスはスタートしたらどう動くか視聴者たちと話して決めていたのだ。
・コメント欄
モノヅキ :スタートダッシュすれば可能だと思ったんですがねぇ
鬼苺 :ゾンビに関する情報が無かったから最初は様子見に徹する予定だったけど……
名無し1 :まさかの出遅れスタートだったからな
「その予定を変更なさるのですか?」
「うむ、そのつもりじゃよ。開始早々にゾンビと戦ったおかげでワシの強さが実感できたし、ここを拠点にして安全圏を広げていこうと思うのじゃ」
中部地方にある地方都市の大型ホームセンター。
そこがクリスが課金で選択したスタート地点だった。
ゾンビ映画で生存者の拠点と言えばホームセンターだろう――というクリスの考えから端を発し、視聴者たちのノリで決定したのがこのスタート地点である。
とはいえ全くの考え無しで決まったわけではない。
この地方都市は海と山に面していて、山麓には水量が豊富な飲める湧き水が何ヶ所もあり、都市内にも1カ所だけだが湧き水ポイントがある。
そして海から魚介類を採れるようになれば、飲み水と食料問題がある程度は解消できると予想したのだ。
そうして都市内のゾンビを全て排除することが出来れば、日本の東西への移動が便利な立地的に重要な中心地となる……予定である。
ナビにそう説明したクリスは人差し指を頭上に上げた。
「目指すは天下統一じゃ!」
このセイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールドにはゲームクリアとなる明確な目標が無い。
サポートナビゲーターからも自由にしていいと言われてしまったばかりだ。
そこでクリスは、自由度が高いこのゲームを楽しみ尽くそうと思ったのだ。
・コメント欄
名無し2 :おぉ、どでかい目標だな
モノヅキ :ゾンビゲーじゃなくて天下取りゲームですか
名無し1 :だったらまずは敵の事を知らなくちゃいけなくないか
「そうじゃな。ナビさんが知るゾンビの情報を教えてくれんかの」
早くゲームをスタートしたくて聞きそびれていたことをナビに聞く。
事前に聞いとけばよかった話だが、年寄りのせっかちさはクリスにも当てはまった。
これと聞いてもド忘れしてしまうのが、ボケの始まりである。
・コメント欄
鬼苺 :今さらの質問ww
名無し2 :ここにいる奴等全員ゾンビについて全然聞いてなかったけどな
モノヅキ :ノリと勢いで視聴してますからね
名無し1 :俺の生き方と一緒だわ
「それでは当方が知るゾンビに関する情報を教えましょう」
「よろしく頼むのじゃ」
そうしてナビに教わった情報が以下の通りである。
1,ゾンビは視覚が弱い代わりに聴覚と嗅覚が優れ、人間に敏感に反応し、段差もお構いなしに走って襲い掛かってくる。
2,人間を襲うが捕食目的ではなく、仲間を増やす繁殖目的で襲っている。
3,ゾンビは脳内の隕晶からエネルギーを得て動いているため、脳の破壊がゾンビの弱点となっている。
4,今現在の大気中や水中にあるゾンビウイルスに人間をゾンビするだけの感染力はない。
5,ゾンビの体液にはゾンビウイルスが大量に含まれていて、ゾンビに噛まれると適合者でも感染者になりうる。
6,ゾンビが感染深度を高くするには大量のゾンビウイルスが必要となるので、長時間かけてゾンビウイルスを空気中から摂取するか、他のゾンビを共食いして手っ取り早くゾンビウイルスを得ると強力な個体に変異していく。
7.多数のゾンビが集まると、新しいゾンビを次々と生み出すゾンビプラントが出来る。
8,ゾンビは大きな人間の集団を見つけると、周辺のゾンビを呼び集めて襲いだすゾンビウェーブが起こる。
・コメント欄
名無し1 :つまりどういうことだってばよ
モノヅキ :半永久的に動き続ける体内バッテリー持ちで、人間が居てもいなくても増え続ける上に、人類に対して攻撃的かつ繁殖力旺盛な新人類です
名無し2 :こりゃ人類に勝ち目ないわ
鬼苺 :人類終了のお知らせやな
ナビから情報を聞いた視聴者たちは、ゾンビ側に有利な現状に白旗を上げた。
ゾンビは時が経つにつれて、その数を増やして強大になっていく。
しかも外宇宙の侵略者という裏ボスまで出てくるかもしれないのだ。
諦めムードになっても仕方がない戦力差がある。
「たしかに負け戦と言える状況じゃな。しかし皆は何か忘れておらんかのう」
・コメント欄
モノヅキ :何かありましたっけ?
鬼苺 :ニヤケ顔のクリスちゃんも可愛いことしか分からんぞ
コメント欄を見て腕組みをしたクリスが不敵な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ。ワシにはまだ課金の力があるのじゃよ」
知恵を絞るでもなく、実力で解決することも放棄しての発言。
マネーイズパワー――金の力で問題を解決すると、クリスは堂々と断言した。
「課金の力と言いますと、どの課金を活用するのでしょうか?」
小首をかしげて聞いてくるナビに、クリスはピシリと人差し指を向けた。
「『拠点要塞化(進化可能)』と『拠点絶対防御バリア』。今ここで使わずしてどうすると言うのじゃ」
このホームセンターに大量にいるだろうゾンビは、この課金セットがあれば一掃できるはず。
そして拠点となったこの場所を橋頭保にして、ゾンビを駆逐して人類の復興を目指す……というのがクリスの腹積もりだった。
「――救世主。残念ながらその2つの課金は現在使用できません」
しきしナビのこの発言を受けて、クリスの予定は早速暗礁に乗り上げることになる。
「ほえ?」
か細いクリスの呆けた声が、やたらとうるさい店内のBGMにかき消されるのだった。