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それからしばらくすると、入口付近が騒がしくなってくるのに気が付く。
不思議そうにする私を見て、フィリップ様が答える。
「おそらく騎士たちが瓦礫をどかそうと作業を始めたのだろう。」
先程フィリップ様が破った入口の扉は、今は瓦礫の山で埋もれている。
「そもそもなぜフィリップ様がお一人で?」
「この部屋は魔力の圧が強すぎて私しか近づけなかったんだ。もともとここは王族しか立ち入れない場所だからね。王領の端にある離宮の地下なんだ。」
あの聖女様を休養に出していた(ということにしていた)場所か。
「この地下はそもそも王族とそれに伴われた者しか入れないように結界をかけていたからね。それに加えて今回は叔父の魔法による結界もあった。陛下が動けない今、私しかここに入れる者がいなかったんだ。とにかくしばらくここで待とう。魔法部隊も来ているはずだから、じきに入口も開くだろう。」
「わかりました。」
そう言って動こうとすると、足に強い痛みを感じる。公爵様に刺された太ももの傷が痛む。
顔を顰めた私を見て、すぐにフィリップ様も足の怪我に気づく。
「……すぐに止血しよう!」
フィリップ様が慌てた様子で服を切り裂き、傷口をきつくしばってくれる。
「君がこんな怪我を負うなんて……。すぐに助けられずにすまない。」
「フィリップ様には何の責もありません。もっと私が気をつけるべきだったのです。公爵様の言葉を真に受けて、王宮の外に出てしまったから……」
つくづく自分の浅慮が悔やまれる。
「君のせいではない。何があったとしても、あの時叔父は君を連れ出しただろう。なりふり構わなければ、叔父を止められる騎士はあの場にはいなかった。」
そう言ってフィリップ様は私を責めようとはしない。
それでもフィリップ様の忠告を破ったのは自分だ。私自身にも、今回の事件を引き起こしてしまった責はある。加えて―――
「この傷では、王太子妃にはふさわしくないかもしれません。」
ぽつりと言葉が漏れてしまう。
太ももの傷はドレスを着れば周りからはわからないが、そもそも王家の妃となる者が傷物というのはあり得ない。ナイフで深く切り裂かれた傷は、このままでは跡が残るだろう。もしかすると、今までのようなスムーズな立ち振る舞いができなくなるかもしれない。
「君は何の心配をしているんだ。」
震える声を振り絞ったフィリップ様の声が響く。
「……私のこの傷は消えるものではないかもしれません。このような傷がある者は、フィリップ様の妃にはふさわしくない……」
「何を言うんだ!」
激昂したフィリップ様が肩に掴み掛かってくる。
「私は絶対君を手放さない!こんな傷、何の問題にもさせない!傷のある者は王家にふさわしくないというなら、私は自分の顔中に傷をつけてやる!君を傷を理由に批判してくる者がいるなら、その者たちを傷だらけの目に遭わせてやる……!」
苛立ちと悲しみがこもった目で、こちらを見ながら訴えてくる。
「フィリップ様、落ち着いてください!そんなこと言わないで!私のせいで、フィリップ様や周りの方を傷つけるようなこと言わないでください……」
そう言っていると涙が零れてくる。
「ああレイシア。また泣かせてしまった。すまない。でも僕は君が傍にいないとダメなんだ。どうか離れるようなことを言わないでくれ……」
先程の勢いはどこにいったのか、フィリップ様は泣きそうな声で私を抱きしめ、そう懇願してくる。
「ありがとうございます、フィリップ様。私もあなたのお傍にいたい……」
耐えきれず、本音が涙とともに零れる。
こんな自分はふさわしくないのではと思うのに、私もフィリップ様から離れることを選べない。
「レイシア……絶対放さない。」
強くフィリップ様が抱きしめてくれる。
*****
「フィリップ様、レイシア様ご無事ですか!?」
魔法師と騎士たちによって入口が開けられると、ジェイク様がすぐにこちらに駆けよってきた。
「ひとまず無事だ。それよりすぐにここの緘口令を引くように。」
「かしこまりました。」
部屋に残された怪しげな術式や散乱した物たちをさっと見渡すと、ジェイク様は静かに了承の意を伝える。
「私たちはすぐに王宮に戻る。レイシアを医者に見せなければ。」
「馬車を上に用意しております。目立たぬよう王家の紋は伏せ、表向きは通常の馬車のようにしておりますので。」
フィリップ様はその言葉に頷くと、私にすっぽりとマントをかぶせ、そのまま抱きかかえて入口へと向かっていく。周囲から殿下を呼ぶ声がするが、二三言葉を交わして止まらぬまま、歩き続ける。
マントを外された時には、もうすでにフィリップ様と二人きりの馬車の中だった。
「すぐに医師に見せるからもう少し我慢しておくれ。」
私の足を気にしながら、フィリップ様は声を掛けてくれる。
「私のことは大丈夫です。それよりフィリップ様も手がそのままで……。」
彼の拳に目を向ければ、血はほとんど止まっているようだが、傷だらけで、拳全体が真っ赤に染まっている。その手があまりにも痛ましくて、そっとその手を包むように触れる。
「私は大丈夫だ。レイシアがそうして触れていてくれれば、痛みも和らぐ。」
「私には癒しの力はありません。」
ちょっとむくれてそう答えれば、愛し気な微笑みをこちらに向けられる。
「私にとっては癒しになるんだよ。君の存在そのものが癒しだ。」
そう言って手の甲や額、頬、耳元と、次々に口付けられていく。太ももの傷をそっと撫でながら、熱のこもった瞳でこちらを見つめてくる。
「君のものなら傷でさえも愛おしい。早く王宮に戻ってこの傷も慈しみたいものだ。」
頬を染めてそう言うフィリップ様のあまりの色気に、こちらが顔を真っ赤にしてしまう。
しかし私のその間抜けな表情すら、今のフィリップ様にはツボらしい。
「愛しい人よ。早く君を僕のものにしたいよ。そうしたらずっと君を僕のそばから離さないのに―――」
「も、も、もう十分お傍にいるかと思います!」
現に今はゼロ距離で見つめ合っている。
「足りないんだ。王宮に戻ったら覚悟してくれ。先程君は自分に責があると言ったね。確かに僕をこんな風にした責が、君にはある。たっぷりお仕置きをさせてもらおう。」
そういって不敵に微笑む王子が目の前にいる。
「どうかお手柔らかに……」
王宮までの道のりを、顔を赤くして祈りながら進むことしか、今の私にはできないのだ。
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『モブに憑依した転生令嬢はお兄様を止めたい~愛しの推しは悪役令息~』
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毎日8時、20時投稿になります。こちらのお話はどちらかというとコメディー調、後半少しシリアスなストーリーになります。
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