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流血表現があります。苦手な方ご注意ください。

「おしゃべりはこれくらいにしましょう。準備も整いました。あとはあなたの血をいただくだけですから。」

 彼が手に持つナイフが光る。


「すぐには死なないから大丈夫ですよ。少しずつ血を抜くつもりですから。」

 そういって先程刺された太ももに、さらにナイフを突き立てていく。


「ゔゔっ!」

 刺された傷から血が流れ落ちていく。


「あなたにあんまり傷をつけると、王宮にあなたの亡骸を戻すときに苦労しますからね。あなたが行方不明のままでは、フィリップも浮かばれないでしょう。あなたは可愛い甥の愛した女性ですから。」


 傷自体は大きくないが、流れていく血で意識が薄れていく。

 私がこのまま贄に使われれば、また王国は大きな災害に見舞われるのではないだろうか。国を想うフィリップ様がまた苦しんでしまう。



「……あなたは王国を愛していないのですか?」

 意識を失わないよう、必死に声を出して問いかける。


「愛していましたよ。」

 何の感情も乗せずにそう答える彼の横顔は、いつものように穏やかだ。


「なぜ過去として語るのでしょう?あなたの大切にしている人が王国には大勢いるのでは?」


「それは誰の事でしょう?」

 心底わからないと言った様子で、私に聞き返す。


「あなたは陛下やフィリップ様のことをいつも気遣ってらっしゃるように見えました。そして王国の民のためにも昔から尽力していた。」

 彼の国への献身ぶりは昔から有名だった。


「大切でしたよ。でもそれは私が愛した人がそれを大切にしていたからです。だから私もそれを守りたかった。」


 その言葉に一人の女性の名前が頭に浮かぶ。


「……メアリー様ですか?」

「その名前を出すな……!」

 私がその名を出した途端、さっきまでの穏やかな顔が一変して、怒りの表情に変わる。




 シャーリー公爵閣下が今も未婚なのは有名な話だ。そしてその理由も。


 彼は10年前、当時婚約者だった公爵家令嬢のメアリー様を病で失くしている。

 幼い頃からの婚約者で、仲睦まじかった二人の仲は王国中で有名だった。婚約者のメアリー様は慈善事業にも熱心で、度々殿下と市井に降りては孤児院の訪問なども積極的に行っていた。病によって瞬く間に彼女を失くしてしまった当時の王弟殿下の失意はすさまじく、彼は数年の間表舞台に現れることはなかった。

 数年後公爵位を授かり、再び表舞台に出てきた彼は、それまで以上に国の発展のため尽くしたが、自身が婚姻を結ぶことはないとはっきり宣言していた。




「あなたが時空を歪めても連れ戻したいと考えてらっしゃるのは、メアリー様ということでしょうか?しかし亡くなった方が…」

 生きている世界線が別の世界ではありえるということなのだろうか。


 続く言葉を想像したのか、怒りの感情を無理やり押し込めたような声で、彼は続けた。

「残念だが、この世界と類似した世界は見つからなかった。

―――でもあなたが元いた世界にいたのだよ。メアリーを生き写しにしたような女性が。」


 その言葉に驚いて、彼の顔を見る。

「似ている女性ですか…?」

「違う!あれはメアリーそのものだ。彼女は別の世界で生きていたんだ!」


 前世で言うドッペルゲンガーのようなものだろうか。


(いくつもの世界が存在するなら、その中にメアリー様そっくりの方もいるかもしれない。でもそれは…)


「別の世界に生きてらっしゃるなら、それはメアリー様とは違う方です。違う生き方をし、違う考えを持った別の人間です。」


(私がそうして生きているように。)


 記憶は引き継いでいても、もう私は日本に住んでいたときの「私」ではない。

 この世界で生きてきて、この世界のもので形作られた「私」になったのだ。


「儀式がうまくいって、その方がこちらの世界にいらしても、それはあなたの知るメアリー様にはなりえません。」

「うるさい!」

「こちらに連れてこられたその方も不幸になります。」


 あちらの世界で普通に生きている女性がそのままの人格でこの世界に来れば、必ず混乱が生まれる。たとえ最上の地位が与えられても、何の不安や不満のない幸せな人生は送れない。


 私はあちらの世界で死んで、こちらの世界で新たに生まれた。

 その女性とは全く境遇が違う。



「考え直してください、公爵様!メアリー様がそのようなことを望むとは思えません。」

 ありきたりだがそれしか言えない。自分のためにこれ以上犠牲が増えることを、彼女が望むとは思えない。



 バリンッ!

「黙れ!」

 手元にあったグラスを投げ捨てこちらを睨むその顔は、先程とは比べようのないほどに怒りに満ちている。


「無駄口をたたくなら儀式を早く進めよう。もっと血を流さないとね。」


 割れたグラスを持って、こちらに近づいてくる。


(せめて体が動けば…!)


 祭壇のようなものに寝かされた体は、魔法でもかけられたかのように動かない。

 割れたガラスを踏みしめて、こちらに歩いてくる足音が響く。


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