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 頭の中が茹で上がったかのようにぐらぐらしている。

 目を開けたいのに開かない。


(私また毒でも盛られたのかしら……)


 何があったか思い出したいのに、記憶の引き出しを手に取ることもできない。


(早く起きたい。早く起きないとまた彼が……)




 その時ピリッとした痛みが体に走る。


(いたっ!)


 痛みを感じた足がわずかに動く。

 意識が引っ張られ、ゆっくりと目が開く。




*****

 目を開いた先には地獄の景色が広がっていた。


 その光景に、一気に意識が覚醒する。よく見れば、目の前に広がるのは、地獄のような禍々しい絵が描かれた天井画のようだ。


痛みを感じた足に目を向けると、何かで傷をつけられたのか、わずかに血が滲んでいる。



「目が覚めたのですね。」

 この光景に不似合いな穏やかな声が響く。


 声の方へ顔を向ければ、ゆっくりとこちらに歩いてくるシャーリー公爵様の姿が見える。


「魔力回路のないあなたに無理やり魔力を流しましたからね。思っていたより目覚めが遅かった。」


 混乱しているせいか、公爵様の言うことが今一つ理解できない。


 私が訝しげな表情をしたからだろうか。こちらを見た公爵様が付け加えるように言う。

「あなたに魔力の鑑定魔法をかけようとしたのですよ。しかしあなたは魔力を持たなかった。ある程度想定はしていましたけどね。

 でもそもそも魔力回路を持っていないというのには驚かされましたね。ないものに無理やり魔力を流すのは、体に毒を直接流しこむようなものですから辛かったでしょう。」


 だから体があの時のように熱かったのか。


「申し訳ないことをしてしまった。ただ思ったよりも昏睡が長かったのは想定外でしたが、別で薬を盛る必要がなくなったので、これはこれで手間が少なく済んでよかった。」

 にこやかにそう言い放った様子に、謝罪の意は全くなさそうだ。


「フィリップの代わりに毒を受けたあなたが、あの時回復したのを聞いてからおかしいと思っていたのですよ。あの毒は少しでも魔力があれば昏睡状態から二度と目が覚めない。それくらいの威力があったはずですから。

 貴族であれば、魔法を発現できなくても少量の魔力は必ず持っているものだ。あなたは幼い頃は魔法を発現出来ていたようですしね。入れ替わりも考えましたが、チェスター侯爵家をどれだけ調べてみてもそのような痕跡はなく、あなたは間違いなくあの家の令嬢のようだ。

 それならば答えは一つ。魂がイリアス王国民のものではなくなったとしか思えない。」


 公爵様の確信を持ったその瞳に思わず息をのむ。


「私は王家の禁書を研究対象としていますからね。世間にはあまり知らされてはいませんが、そういったことは稀に起こるのです。魔力回路を持たない貴族が存在することはね。そしてそれは通常それほど問題にならない。血筋は王国の貴族そのもの。後継に血を繋ぐことには何の問題もない。

 そもそも魂なんてものは誰にも見えないものですからね。魔法の行使がそれほど重視されない現在の貴族社会では、重要な問題にならないのですよ。だからそこに関する研究は軽視されてきた。

 でも私は魂がなぜ変質したか。それをとても重視しているのですよ。

 過去の記録の中には、魔力回路を失くした貴族たちは、聞きなれぬ奇妙なことを言うようになったという記録もある。王国には存在しないものや習慣に関することです。」


 私と同じように、別の世界での前世を思い出した人が、過去にいたということだろうか。

 

 下手なことが言えず黙ったままの私のことは気にも留めず、公爵様は話を続ける。

「それとは別に私が長い間研究を続けていることがありましてね。

―――別の時空に存在する世界のことです。異次元世界とでも呼べばいいのですかね。適切に表す呼称がなかなか思いつかない。」

 

 突然大きく変わった話に面くらう。


(異次元世界?SFの世界の話かしら?)



「王家の禁書の中には、特に禁忌とされる魔法について書かれているものがありましてね。その中に時空を歪めて、別の世界へと介入する魔法があるんです。そこはこの世界とは全く異なる形をしたものもあれば、一部が変化しただけでそれ以外はここと大差ない世界もあります。」


(そんな魔法が存在するの?)


 驚きに目を見開いた私を横目に、話は続けられる。


「私は長く、別の時空へと介入するための研究を進めていましてね。そこでたまたまこの世界よりずっと科学の進んだ世界を覗き見ました。なかなか興味深い世界でね。しばらく観察を続けていたので、王宮にやってきたあなたの経歴を聞いたとき、ピンと来たのですよ。その世界の教育機関とあなたが領地で打ち立てた教育機関の案がとても類似していると。

 それに加え、あの毒殺事件があったでしょう。私はあなたがあの世界からこちらに魂を移してやってきたのでは、と考えました。それなら魂が変質してあの毒が効かなかったわけもわかる。

 うきうきしましたよ。やっと時空を超えた存在をこの目で認知できましたからね。」

 そう話す公爵様は本当に喜びに満ちた笑顔を浮かべている。


 私から見れば不気味にしか思えない。


「公爵様。あなたは自分が時空を超えたいとお考えなのですか。」


「……そうですね。今はそういうことにしておきましょう。」

 含みのある言い方で、はぐらかされているように感じる。


「これまでも時空の扉を開くために、いろいろと検証は重ねてきたのです。これを元々考え出した魔法師は、膨大な魔力を自身が考えた術式に注ぐことでこの魔法を行使したようなのですが、現在の王国民にそれだけの魔力量を持つ者はなかなかいない。

 さらに自分の意志で魔力を注ぐやり方では、私にとっては少々不都合だ。代わりに術式に血を注ぐことで魔法を発動させる方法を編み出しました。」


 膨大な魔力という言葉にハッとする。

「―――まさかフィリップ様や陛下を巻き込もうとされたんじゃ!?」


「一時考えましたが、彼らの魔力だけでも足りないのですよ。私は彼らと同等の魔力がありますからわかるのです。それに王宮の警備を抜けて彼らを拉致するのは相当厳しい。彼ら自身も魔法に長けていますしね。」

 フィリップ様たちに手を出す気はなかったことを知り、思わず力が抜ける。


「そもそも魔法で開いた異次元の扉が、いつも私の望むものになるとは限らない。まずはいろいろな世界へ自由に行き来できないか、実験を繰り返しました。最初は魔力量の少ないものを使っていたんですがね。それで扉を開いても小さくてすぐに閉じてしまうため、なかなか期待する成果が得られなくて困りました。」

 続いたその話に思わず眉を顰める。


「王国には王族と同等の魔力を持つ高位貴族も数人いましてね。仕方がないので、ある時一人の貴族女性を贄として使いました。高齢の女性でしたが、魔力量は我々王族に引けを取らない者だった。贄とした後もその跡をうまく隠せば、ただの不審死として片付けられましたよ。」


(―――この人は何の話をしているのだろう。)

 最初その話の意味がよくわからなかったが、それを理解するにつれ、体がガタガタと震え出す。


「その時に初めて大きく扉が開いたのです。開いていた時間もそれまでとは比べられないくらい長かった。あなたの元居たであろう世界が見えたのもその時です。そして私はようやくそこで探しものに出会えたのですよ。」

 その時を思い出したのか、彼は満面の笑みを浮かべこちらを見てくる。


「ただこの魔法には大きな問題がありましてね。無理やり異次元の扉を開きますから。その歪が、この世界のあちこちで魔力の暴走として顕在化してしまうのですよ。平民を使っているうちはよかったのですが、その貴族女性の時は魔力量が大きかったため、その反動も大きく、困ったことになりました。その後も貴族で試すと、その度にこちらの世界にも影響が出まして。」


 国民を贄に使うことを淡々と話す彼に、言葉にならない怒りを覚える。

 それにこちらの世界への影響が出たという話……

「まさか数年前の大災害の原因はあなたが……!?」


「その通り。あれを治めるには相当骨を折りました。」

 そう言い返す声には何の感情も感じない。


「でもいいこともあった。聖女を召喚することになったことです。女神の加護を直接受けた聖女の魔力であれば、これまで以上の成果を得られると思いました。なんとか聖女の気を引いてこの手にしたかったのですが。あんな女の気を引く作業すら億劫でね。フィリップと結ばれてしまい困りました。王宮は警備が厳重ですからね。

 何とか王宮の外へと出せないかと、聖女の傍にいたあのダンとかいう男をけしかけたのですが……。彼は私が思っていた以上に逃げ足が速かった。こちらが捕らえる前に隣国に連れていかれて、すべてが無駄になりました。」


 聖女様が失踪した事件にも、この人は関わっていたのか。しかもそれを引き起こしたのは聖女様を拉致するため。


「でも神は私を見捨てなかった。フィリップがあなたを見つけてきたのですから。あなたの功績や行動を見て、私の求めるあの世界とのつながりを感じた時は、感動で身が震えましたよ。あの世界と魂を行き来したあなたであれば、たとえ大きな魔力はなくとも、あの世界から私の望むものを引き込めるかもしれない。」

 本当に嬉しそうな笑顔で私を見ている。

 その笑顔がひたすら恐ろしい。


「それが私をここに連れてきた理由ですか。」

「そうですよ。ようやくフィリップをあなたから引き離せましたからね。あの甥はすぐにあなたを見つけて囲ってしまうから困っていた。王家の血は厄介ですね。」


「サハラ国で発生した災害もあなたの仕業ですか。」

「そうでしょうね。意図しませんでしたが。どこにその歪が現れるかは、私にもわからないんですよ。」

 飄々とそう言い放つ神経が理解できない。


「最近、王都を騒がせていた誘拐事件もあなたが関係しているんですか?」

「そうです。反王家派を使ってね。あなたという最上の贄を使う前に、扉のコントロールを少しでもできるよう練習しておかないといけませんでしたからね。贄を集めることもできたし、フィリップや陛下も撹乱できてちょうどよかった。」


 もう我慢できない。思わず怒鳴るような声が出る。

「なんのために大勢の人の命を犠牲にするような真似を!」


「取り戻したいものがあるんですよ。そのためだったら何を犠牲にしてもよいのです。」

 本心からそう言っているように見える彼を前に、声にならない怒りが溢れる。


(完全にいかれてるわ。)


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