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ドアの閉まる音が聞こえる。
いつもなら笑顔でフィリップ様とおやすみと挨拶を交わすのに、今日は彼の顔を見ることもできなかった。
(でも仕方ないよね!ちょっとは怒ってもいいよね!?)
侍女に支度を手伝ってもらいながら、どんどん尖っていく口元を止めることができない。今の私は大層不細工なことだろう。こちらの顔をチラッと見た侍女に、思わず吹き出されてしまう。
不満だ。でもそれは許す。
侍女たちは私と殿下の間に流れた不穏な空気を感じてはいるのだろうけど、優秀な彼女たちがそれを表に出すことはしない。
(ありがたいわ。こんなのただの私の我儘だもの。)
殿下の言うことはよくわかっているのだ。今王都は反王家派の活発な動きと、頻発する誘拐事件とで緊迫した状況が続いている。それでも、せっかく軌道にのってきた新しい事業の動きを止めるわけにはいかない。警備を増やし、王都の安全性を何とか保とうとしているときに、不要な心配事を増やすべきではない。
(公爵様の手紙に警備の心配はないと書かれていたから、つい期待し過ぎてしまったわ。)
学校事業の進捗と視察の招待について書かれたその手紙には、公爵家直轄の警備の強化についても書かれており、王家の警備負担を少しは減らして行動できると思っていた。フィリップ様にも伝えてあると書かれていたので、もうすでに二人の間で視察の話が進んでいると勘違いしてしまったのだ。
(状況は刻々と変わるものだわ。フィリップ様が無理だと考えたなら私はそれに従うべき。それはわかってる……でも……)
私の力は何の役にも立たない、というようなあの言い方はどうなんだろうか。前世の知識を生かした新しい学校事業は、私の中でこの世界に貢献できるかもしれない数少ない思い入れの強いものだった。本来であれば領地で一から十までその成功を見届けたかったが、フィリップ様との婚約で道半ばで王都へと移ってしまったのだ。
フィリップ様が災害からの復興のため新事業に力を入れているというのを知って。
私が役に立てる学校事業が王都で発足すると聞いて。
私もフィリップ様の役に少しでも立てると思っていたのに……。
なんだかそんな私の気持ちを否定されたようで悲しかったのだ。
ボフンッ!
お行儀は悪いが思わずベッドに飛び乗ってしまう。そのまま枕に顔をうずめ、もごもごと不満を唸ってみれば少しは心も軽くなる。
(あんな態度をとっては、フィリップ様にかまってくれと言っているようなものだわ。)
彼の負担になることは望まない。明日には今日の態度をきちんと謝り、王宮内の仕事に集中すると、フィリップ様に伝えよう。そう決めて眠りにつく。
その日の夜更け、緊急の呼び出しによりフィリップ様が王都を出たことも知らずに―――