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38 ダンside

「お前は今日からここで過ごしてもらう。

外に出ることは―――もうないと思え。」




 分厚い鉄で出来た扉が、大きな音を立てて閉まる。階段を下りていく人々の足音は、どんどん小さくなっていく。



 王宮の隅にそびえ立つ、高い塔の最上階の一室。決して狭いわけではないが、窓のないその部屋は、そこに居るものに実際よりもずいぶんと強い圧迫感を感じさせる。



 しかし、それも今のダンには関係のないことだ。


 飾り気のないベッドに横になり、何をするでもなく時間が過ぎるのを待つ。




 目を閉じれば脳裏に浮かぶのは、ミアの哀しげな顔だ。


 彼女はダンが生涯この塔に幽閉されると知り、最後までそれに異を唱え、撤回を求めた。



 この塔は罪人が緩やかに死に向かうのを待つためのものだ。一度入れば、出ることはない。



 そんな彼女もサハラ国の災害の浄化が終われば、国の端にある修道院へ送られることになっている。


 その修道院も一度入れば外界と関わりを持つことも、そこを出ることも許されない。男子禁制の厳格な修道院だ。しかし国直轄のそこは、厳しい戒律こそあれ、国の配給により飢えることもなく、清潔な寝床が平等に全ての者に与えられる。静かに暮らすことを望む者にとっては最上の地である。



 ダンが塔に大人しく幽閉されれば、聖女はそこに入る。

 幽閉を拒否し逃げ出すようなことをすれば、聖女はサハラ国から遠く離れた国外へと送られることとなる。不思議な力を持つ者を魔女とし、忌み嫌い迫害するその国に捨てられれば、聖女がその後穏やかな人生を送ることはないだろう。




 ダンは何の不満も持たず幽閉を選んだ。


 つい最近まで、彼女との別れは胸を引き裂かれるより辛いことだと思っていたが、一度心を決めてしまえば、感情の起伏はなく心穏やかだ。彼女が入る修道院には、彼女が心を傾けるような人物が二度と現れないだろう、というのもその理由としてあるのかもしれない。そう思えば自分の浅ましい心が浮き彫りになったようで、思わず自嘲する。



 自分は元々こうなる運命だったのだ。愛しい人は手に入れられず、ただ一人孤独の中死んでいくと、生まれた時から定められていたのだ。




*****

 ダンの母親は、サハラ国に隣接するイリアス王国の子爵家次女として生まれた。

 見た目は美しかったが、性格は内気で大人しく、いつも下を向いているような娘だった。彼女の姉は、妹とはまた違って目を引くような華やかな美しさがあり、性格も苛烈。両親に甘えるのがうまく、幼い頃から何でも要領良くこなした。ダンの母は、いつも姉と比べられては両親にも疎まれていた。

 姉が婿を取り子爵家を継ぐと、ダンの母はすぐに子爵家を追い出され、出自のばれないサハラ国へと仕事を求め移り住み、そこで平民として暮らした。そこでたまたま市井におりていたサハラの国王に見初められ、妾となりダンを生む。



 しかし後宮での生活は、ダンの母にとって地獄だった。

 サハラ国の後宮には数多くの女性が住んでいて、女児は多く生まれていたが、王位継承者となる男児は、正妃の生んだセルジオ殿下とダンの二人だけだった。


 苛烈な性格の正妃にダンの母は迫害され、母はダンが物心つく前に心労で亡くなる。


 母を亡くしたダンに王は興味を示さず、王妃の憎しみはダンの母からそのままダン本人へと向かった。このままでは殺されてしまうと彼の身を案じた乳母夫婦は、ダンを密かに母の生家へと逃がした。


 しかし当然のように母の実家はダンを受け入れなかった。一時はそのまま外に捨てられそうになったが、ダンは王国の子爵家の色を濃く受け継いでいた。そんな子どもが領内で野垂れ死んでは体裁が悪いと、ダンは子爵領から離れた小さな港町の孤児院へと預けられる。




 そこでミアと出会うのだ。




 孤児院での生活は子爵家の思惑とは違って、ダンにとっては良いものだった。港町はおおむね親切で善良な人間が多く、孤児院の院長は良く出来た人だった。孤児院にはダンよりも幼い者が多く、ミアとともに姉兄のように彼らを育てていくのも楽しかった。

 昼は子どもたち総出で孤児院の畑を耕し、食事を作って食べ、みなで庭を駆け回る。夜になると寝ている子供たちの隅で、ミアお気に入りの王子と姫の恋物語を二人並んで読むのだ。幼いミアは孤児院に一冊しかないその物語を何度も何度も読んでは、いつか自分にとっての理想の王子が現れると夢見がちに語っていた。



 ミアは自分の気持ちにいつも素直でトラブルに巻き込まれることも多かったが、彼女の裏表のない真摯な心と思いやりに基づく行動は、ドロドロした後宮生活を過ごしてきたダンの心を癒していった。命の危険がなく、働けば衣食住に困らないその環境は、ダンにようやく楽に呼吸ができる居場所を作ったのだ。




***

 それからの日々はおおむね平凡な生活が続いた。サハラ国での日々は忘れ、孤児院のダンとして、町のみんなと平民としての生活を過ごしていく。何の才覚か町の中でも腕の立った自分は、時折町に危険をもたらす裏組織をつぶすような働きもしていた。でもほとんどは港で荷役をこなす、ただの孤児院のダンだ。


 しかし「普通」ではないことも起きるようになった。



 自分に魔力があると気づいたことだ。

 通常王国の平民は魔力を持たない。魔力を持つのは王族と一部の高位貴族と言われている。

 しかし下位貴族の中にも時折魔力持ちが生まれることがあるという。ダンの母自身は魔力を持たなかったが、その子どもであるダンに魔力が宿ったのだ。



 自分の魔力に気づいたのは本当に偶然の出来事だった。ある時、港町に停泊した貴族の船が、火の魔法によって炎上する事件が起こった。近隣の民家にまで燃え移った火から、たまたま逃げ遅れた子どもを助けようとしたときだ。夢中で「消えろ」と願いながら火を払いのけていると、なんと手をかざしたその火が、跡形もなく消えていったのだ。


 その時の感覚に違和感を覚え、他の場所へと移動してもっと燃え上がる倉庫に向かって手をかざして消えるように念じる。すると勢いよく燃え上がっていた火はたちどころに消えた。


 

 あとから調べてわかったのは、自分は「魔法を解除する」という特殊な魔力を持っているかもしれないということだった。これが大きく知れ渡り、母の生家の子爵家まで届けば必ず面倒事に巻き込まれる。ダンは自分の魔力は隠して生きていくことにした。通常であれば平民生活で魔法を使う機会なんてまずない。ダンの魔力が使われることもないはずだった。



 しかし幼馴染のミアがまた特殊な魔力を持っていることに気づくのだ。



 幼いうちはささいな違和感だった。

 ミアが手当をした怪我は他のものより治りが早かった。風邪を引いてもミアが看病してくれると、次の日には元気になっている。



 しかしミアの成長とともに違和感も大きくなった。

 骨が折れるような大きな怪我でも、ミアが手当をすると次の日には骨がくっついている。薬が効かない大きな病気もミアが看病すると、数日のうちには症状が軽くなっている。



 自身が魔力を持っているからこそ、ダンはいち早くその異変に気付いた。



 ミアは癒しの力を持っている。



 正確には浄化の魔力と呼ばれるものであったが。

 それに気づいてからは、何かと怪我や病気を看るミアについていき、ミアが魔法を無意識に使うのを、途中でその魔法の効果を解除した。一度に治すのではなく、あくまで自然に治っていくかのように見せるため。ミアの魔法が必要ないような些細なものは、ミアに代わってダンが率先して手当てをした。


 そうしてミアの力を隠してきた。

 ずっと二人で平凡な人生を歩みたかったからだ。


 しかし、ある時王家の魔法でミアが見つかってしまった。浄化の魔力を持つ聖女として。




***

 王宮に連れていかれたミアを追って、そこで出会った魔法師に自身の魔法を明かした。王家の影となることを条件に、ミアの浄化の旅についていく権利を得た。

 

 聖女となったミアは、市井にいた時とそれほど変わらなかった。いつも自分の感情に素直で、だれに対しても親しみやすく、無邪気に振る舞った。根から優しく思いやりのある彼女に、周りの男が惹かれていくのを目の前でずっと見ていた。



 彼女は美しく、優しく、真っすぐで、そして聖女という最上級の地位をもつ女性だ。


 王子でもない、騎士でもない、王弟でもない。ただの平民となった自分では、彼女の隣には立てないとわかっていた。


 だから無駄な気持ちは捨てて、彼女の幸せを願った。




***

 旅は終わり、聖女は王子と結ばれる。

 自分は王国の影として、このまま傍で彼女の幸せを見守ることになるだろう。そう思っていた。



 ある日任務で、王都にはびこる裏組織に潜入していた時だ。妙な話を耳にした。


 王家は魔力に固執する悪そのもの。

 王家に嫁いだ聖女は、枯渇するまで魔力を使わされ打ち捨てられる。

 王家は妃を呪い殺す。



 最初はアホらしいと聞き捨てたその話も、何度も聞くうちに気にかかるようになり、やがて他国にイリアス王家に関する恐ろしい伝承があることを知る。


 このまま王家に嫁いでも、ミアは幸せになれないかもしれない。



 そんな疑心に駆られていた頃、ちょうど故郷の港町で伝染病が広がっているという話を耳にする。その未知の病はどんどん勢いを増して広がり、治療法は未だ見つかっていない、と。




 すぐに王家には内密に、故郷に戻る算段をつける。

 王宮を去ろうとする時、見上げた窓辺にミアの姿を見つけた。


 最後かもしれない。


 そう思いミアの前に姿を現した。久しぶりに会う彼女は、以前とは少し雰囲気が変わっていた。やつれて疲れているようにも見える。しかし俺を見つけた時の笑顔は、幼い頃と変わらぬままだ。




 別れを告げる。

 彼女の幸せを最後に願う。




 二度と会えない覚悟をしたが、予想に反してミアは俺とともに来る未来を選んでくれた。


 ミアを抱えて故郷へと向かう月明りの道中で、俺は自身の心からの願いにやっと気づいた。



 彼女の隣で彼女の笑顔を見続けるのは自分だけ。

 他のどの男にもそれを許すことはない。

 自分が彼女の夢見た王子になるのだ。

 自分が死ぬまで永遠に。




*****

 目を開ければ、ただの白い天井のはずだったその場所に、あの夜ミアと見た月が映る。

 最も幸せだったその時を想いながら、心穏やかにもう一度目を閉じた。


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