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 疲れが残っていたのか少しぼんやりとしながら、去っていくフィリップ様の背中を見ていると、

「レイシア嬢。」

 後ろから聞きなれた声で呼び掛けられる。



「セルジオ殿下、ごきげんよう。」

 すぐさま振り返り、礼を取る。


「昨日とは様子が違って、これはこれでおもしろいな。」

 間に近衛が立っているため、少し離れた位置でこちらを見て笑うセルジオ殿下の姿が見える。近衛に合図をし、少し後ろに下がってもらう。近くで向き合って見てみても、お元気そうな様子で良かった。



「お怪我の具合はいかがですか。」

「君がかばってくれたおかげで、腕はただのかすり傷さ。」

 そう言いながら、腕を振って笑って見せる。


「こんなにすぐの出立でお体に障りませんか?」

 昨日の今日だ。私と違って怪我を負った殿下であれば、もう少し休養が必要なのではないか。


「そんなに軟弱ではないよ。それにあのような事件の後だ。できるだけ早く国に帰って、いろいろと整理しないといけないからね。」

 そう言ったセルジオ殿下の視線は為政者そのものだ。



「……ダン殿下のことも含めてでしょうか。」

 余計な事だとは思ってもつい口に出てしまう。


「そうだな。あいつは今回許されないことをした。」

 こうして聞いてしまっても、セルジオ殿下はこちらの問いにきちんと答えてくださる方だ。


「今回のことは私が聖女様と関わってしまったことも発端となっています。慎重になるべきでした。」

「それも先に突っかかって行ったのはこちら側だ。あなたに責はない。」

 素っ気ない言い方ではあるが、こちらを気遣ってくれていることが伝わってくる。



「ダン殿下……以前のダン様は、聖女様の幸せを第一に考え、聖女様や周囲の方の行動を縛るようなことは決してされない方のように見えていました。聖女様の幸せを常に見守っていらっしゃるかのような……。私はそんな想いは切なくはありますが、それが出来るダン様のことを尊敬もしておりました。」


 私が見ていた二人の姿は、あくまで漫画の中のものだ。でもきっとこの現実でも、ダン様は聖女様の幸せをいつも影から願っていたはず。だから聖女様は一度はフィリップ様と結ばれた。


「自分のものではないと思っていた時はいいのさ。一度手に届くかもと思った光を、再び手放すことは難しい。一度甘美な愛の喜びを知ってしまうと、失いたくないがために、それに深い執着を覚えるのかもな。」

 セルジオ殿下が遠い目をしてそう言った。



 聖女様とダン様の想いが、互いに通じ合っていたのかは私にはわからない。それでも恐らく王国に居た時よりも、ダン様と聖女様の距離はとても近くなっていたのだろう。


「愛に溺れるとは愚かなことよ。その感情をもコントロールし、自身の糧とするのが王族。私は愛には溺れない。そして愛への執着も恐れない。レイシア嬢が彼の愛を恐ろしく感じたら、いつでも私のところへ来ると良い。」

 セルジオ殿下は軽い調子でそう言うと、急にこちらに距離を詰める。



 ちゅっ。


 驚く間もなく、私の頬に口づける。


「また会おう、レイシア嬢!あなたは誰よりも凛々しく可愛らしい姫だ!」


 そう言いながら、馬車に乗り込むため去っていく。セルジオ殿下が馬車に乗り込むと、すぐに馬車は動き出す。


 一瞬何が起きたのかわからず、頬に手を当てたまま、去っていく馬車を呆けて見送ることしかできない。


 しかし、突然後ろからものすごい視線を感じた。


(まずい!あんな場面をもしフィリップ様に見られていたら……)


 そう思って辺りを見回すと、すごい形相をしたフィリップ様がこちらにやってくる。


(怒られる!)


 咄嗟にその場から離れ、近くの庭園の木の陰に隠れる。しかし当たり前だが、フィリップ様には通用しない。




「レイシア。」

 すぐに腕をつかまれ、木を背にしてフィリップ様の腕に囲われてしまう。


「セルジオ殿下と何を話していたんだい?」

「お体の調子とダン殿下について少しだけ……」

 本当にそれだけ話していたのだ。なんであんなことになったのか私にもわからない。


「それで君はセルジオ殿下に頬への口づけを許したのかい?」

 声は穏やかに聞こえるが、確実にフィリップ様は怒っている。恐くて顔を見ることができない。


「君はいけない婚約者だね。私がほんの少し離れただけなのに。」

 急に言葉に甘さが混ざる。


 フィリップ様の顔が近づいてきて、耳元でそっと囁かれる。

「お仕置きしないとね。」




 そのまま耳から始まり、頬、額、目じりと、チュッチュと音を立てながら顔中に口付けられる。すぐ近くには、まだ見送りを終えた多くの人たちが控えているのに、一向にフィリップ様はそれをやめない。




―――そのままジェイク様に発見されるまで、私はその辱めを半ば放心状態で受け入れた。


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