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32 フィリップside

 レイシアと別れ、煌びやかな夜会会場を早足で陛下の元へと向かう。


(余計なことをしてくれるものだ。)


 聖女は以前から独善的なところがあったが、今日の言動はとても好意的に取れるものではない。あんなに一方の主張しか耳に入れない性格だっただろうか。



 先程のおかしな密談の有無に関わらず、サハラ国の災害についてはこちらでも調査を進めていた。サハラ国の第一王子とは一度話をする必要が生じただろう。ただしそれは個人の感情によるものではなく、一国の王と第一王子との政治的、外交的な話し合いによるものだ。




 他の貴族と歓談中だった陛下に許可を取り、二人で執務室まで向かう。


「サハラの災害の話か?第一王子と第二王子どちらから話が来た?」

 執務室に入り、席に着くなり父が尋ねてくる。


「第二王子殿下。というより、ごいっしょされていた聖女様からです。」


「聖女からとは、また変わった方向から話が来たな。想定内のことではあるが。それでお前の答えは?」


「聖女様からの申し出には答えられませんとお伝えしました。」


 父はすでに話の内容には予想がついていたらしい。淡々と話を進めていく。


「それでいい。後はこちらから第一王子に『こういった話があった』と伝えておく。夜会のパーティー中にご苦労だったな。」


「本当です。あとは父上お願いしますよ。今後は私もレイシアも、サハラ国の、特に聖女とは顔を合わせたくありません。」


 つい非公式の場だからか本音がこぼれる。


「まあそうだろうな。配慮はしよう。

……それにしてもレイシア嬢とはずいぶん仲が良くなったものだな。」

 父が含みを持った笑顔でこちらを見てくる。


「……婚約者ですし、仲が良いのは当たり前のことです。レイシアは素晴らしい女性ですから。あれほどの女性なら大切にしたいと思うのは当然でしょう。」

 つい照れくさくて素っ気ない答えになってしまう。


 本当ならレイシアの素晴らしさを永遠に語りたいくらいだ。




 彼女は本当に誰にでも公平公正で慈悲深い女性だ。

 それは最初の印象から何も変わっていない。

 でも、何だか彼女の心の深いところがすごく柔いような、悲しさを隠しているような、そんな気がして放っておけない。外が完璧だからこそ、その内側の脆さがとてつもなく愛おしく感じるのだ。



(つまり私は彼女を愛してしまったのだろう。)



 あんなに愛は信じないと頑なに思っていたのに、容易く彼女に心を奪われてしまった自分が情けない。でもその一方で、この感じたことのない感情に歓喜している自分もいる。初めて明確に「愛」というものを直視したような気分だ。




 さすがに父と愛について語らうのは避けたいと思い、別の話を振ろうかとしたところで、ドアのノックが鳴る。


「入れ。」

 父が返事をすると、父の従者が慌てた様子で部屋に入ってきた。


「陛下、フィリップ殿下、お話し中大変申し訳ありません。しかし急ぎお伝えしないといけないことが……」

 ゼエゼエと息を切らしている様子をみれば、余程の緊急事態のようだ。


「いいから落ち着いて話しなさい。」

 陛下がそう言って諭すと、

「サハラ国のセルジオ殿下が夜会会場近くの廊下で何者かに拉致されました。」

 切羽詰まった声で従者がそう告げる。


「なに!?セルジオ殿下が我が王宮内で!?」

 あまりの予想外の出来事に、父上も慌てて聞き返す。


 しかし従者はその言葉には答えず、私の方を見ながら続けて言った。

「そして……レイシア侯爵令嬢もたまたまその場に居合わせ、ともに連れ去られたとのことです。」




 頭の中が真っ白になった。




 レイシアが連れ去られた

 連れ去られた

 連れ去られた




 次の瞬間には、言い表せないほどの怒りが体中から込み上げてくる。



 いつ!?

 誰に!?

 どこに!?

 どうして!?




 答えを持たない従者を問い詰め、陛下に止められてからは部屋を飛び出し、レイシアが待っているはずの控え室まで全力で走った。


 普段見られない王太子の様子に、廊下ですれ違う者たちは皆振り返るが、そんなことは気にしていられない。


 王族の控え室へと辿り着き、ドアを開ける。



 そこには誰もいない。奥の部屋や手洗い場なども、片っ端からドアを開けるが、誰もそこにはいない。



「くそっ!」

 思わず悪態をつく。


 控え室にいないならと、そこから夜会会場へと走って移動する。


 すると途中の廊下で人だかりが出来ているのが見えた。


 人込みをかき分け前へと進む。


 そこにはレイシアを控え室まで案内するよう命じた近衛の姿があった。意識はないようで医官によって手当てを受けている。


 興奮した頭のまま、近衛の元へと足を進めようとしたところで、後ろから肩に手をかけられる。振り向くと陛下の姿があった。



「フィリップ、一度こっちに来い。」

 半ば無理やり父に引きずられ、近くの休憩室に入れられる。




「フィリップ。無理だとは思うが、とにかく一度落ち着きなさい。今のお前はひどい顔をしている。今すぐ誰かを殺しそうな勢いだ。」


 ハアハアと聞こえる息が自分のものだと認識する。確かに頭にだいぶ血がのぼっている。しかしそれを押さえることなんてできないし、する必要性も感じない。


「今すぐ近衛に事情を確認する必要があります。ここから出してください。」


「従者から話を聞いたが、近衛は全く意識が戻っていない。医師からもしばらくは戻らないと言われたそうだ。」


「ではなぜレイシアがさらわれたと?どこかに隠れているだけかもしれません。」


「セルジオ殿下とレイシア嬢が袋に詰められ覆面の者たちに連れ去られるのを、近くの部屋を掃除していたメイドが見たらしい。相当な乱闘があったのか、メイドも腰が抜けてその場を動けなかったらしく、その後彼らがどうなったかは見ていないらしいが。ただ夜会の最中、一台の馬車が王宮を出た記録が残っている。」


「そのメイドに会わせてください。」

「緘口令を引くためにも、そのメイドの身柄はこちらで厳重に預かっている。それにそんな状態のお前を目撃者に会わせることはできない。」


 レイシアの身がかかっているのに、そんな悠長なことは言っていられない。


「私はすぐにその覆面の者たちの素性を確かめなければなりません。どんな些細な情報も逃すわけにはいきません。早くここから出て……」


「フィリップ!」

 叱責する声が部屋に響く。


「落ち着きなさい。まずレイシア嬢がさらわれたという情報は完全に隠蔽する。彼女は次期王太子妃だ。他国の王族とともに連れ去られたというだけで大事件になり、彼女の名誉にも傷がつく。わかるな?」


 父のもっともな言い分に、何も言えず頷くしかない。


「ただし、サハラ国のセルジオ殿下の不在はあちらの要人にもすぐに知られるだろう。そのため、セルジオ殿下を探す名目でこれから我々は動く。お前は最前線でその指揮を取れ。それが最も早くレイシア嬢を助けられる手段だ。レイシア嬢は誘拐事件にショックを受け、部屋で療養を取っていることにする。」


「……わかりました。すぐに指揮を執ります。」


「頼んだぞ。」


「はい。……父上、ありがとうございます。」

 ここまで取り乱した息子に指揮を与えてくれることに感謝するしかない。




 部屋を出て夜会会場に戻り、すぐに部下に指示を出していく。


 夜会の参加者はすべて会場に足止めした。異例の事態に貴族たちから不平が出るが、他国の王族に関わる事件だと知ると、皆口を閉ざす。

 拉致した者とつながりがある者が必ずこの場にもいるはずだ。特にサハラ国の人間には注意しなければならない。


 第一王子派、第二王子派に関わらず、厳重な監視をした。味方にしろ、敵にしろ、こうして動きを封じていれば、焦って必ず行動を起こすはずだ。




 先に動きを見せたのは第二王子派。

 しかも第二王子であるダン自身だった。



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