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 セルジオ殿下もしばらく険しい顔でこちらを見ていたが、やがて顔を緩ませてため息を吐いた。

「……わかったよ。先程の発言は取り下げよう。すまなかった。少々この状況がイレギュラーで苛立って失言をした。そなたたち王国民の英雄たちを貶める意図はない。」



「……いえ、こちらこそ大変失礼致しました。」

 独裁的と聞いていたが、意外にこちらの言い分も聞いてくださる寛大な方だ。


「先程も言ったが、本来なら私の手の者がとっくにここに来ていてもおかしくないはずなんだ。私には自分自身にも常に影を付けている。囚われた後は、手は出さず監禁場所を特定してから人を集めて、ここに乗り込む手筈だった。それは俺以外の者がともにさらわれていても大して変わりがない。それが現在まで動きがないということは、何らかの想定外のことが王宮でも発生しているということだろう。」


 その原因は「ともにさらわれたのが私」ということだろう。


「……とにかくしばらく待つしかない。我々をここに連れ去ったものは、少数の人間だけを残してここを去った。あちらの陣営もなにか予測外のことが起きて焦っているようだ。リラックスとまでは言えないが、あまり気を張っていても仕方がない。レイシア嬢も少し休んでいろ。」


「休むと言われましても、敵の手の者もここに残っているんですよね?見張りに来た時に、私たちが目覚めているのに気づかれたら……。その前にここを出た方が良いのではありませんか?」


「ここはおそらく隣国との境にある森の中だ。夜には野生動物も多く出る。何の策もなく丸腰で飛び出すのは危険だな。それに魔法スクロールで我々の幻影が見えるようにしてある。先程見回りにも来たが、やつらには私たちが離れた場所でぐるぐる巻きにされている様子しか見えてないだろう。」


 魔法スクロールとは驚いた。魔法道具の一つで特殊な紙に魔力を込めることで、一時的に魔法が使えるようになる代物だが、王国でもごく一部の人間しか手に入れられないはずだ。


「魔法スクロールに驚いているようだな。私は一応大国の王族だぞ。少数ではあるが魔法スクロールも王宮に備えてある。滅多に持ち出すことはないが。」


 黒い紙を見せられる。使用済となった魔法スクロールはただの黒い紙となり、二度は使えないと聞くが、あれがスクロールだったものだということだろう。


「私も使用するところを見ることはめったにないので驚きました。それよりこれは機密事項なのでは?影のお話といい、他国の私にこんなに話をされてよろしいのですか?」

 自国の安全保障にも関わる問題だ。他国の、しかもいずれ王妃となる私が聞いていい話なのか不安を覚える。


「影なんてものは王族になればどこの国にもいるし、このスクロールについても王国にはすでに知られているから問題ない。なんせこのスクロールの入手先はそなたの王国の魔法省だからな。」


「それなら良かったです。さすがに他国の機密事項まで抱えて生きていくことはできないでしょうから……。」

 最悪暗殺まで頭をよぎった。国の機密事項というのはそれほどまでに恐ろしいものだ。


 不安が顔に出ていたのか、セルジオ殿下がこちらを見て笑った。

「あなたはしっかりしているのか抜けているのか、よくわからない人間だな。不安にならずとも妃になれば王国の精鋭が全力であなたを守るだろうよ。なにせあなたに何かあれば国が亡びるかもしれん。」


 国が亡びるとは大げさな言い方だ。確かに王太子妃に何かあればそれは一大事だが。しかしすでにこんな事件に巻き込まれているわけだし。



 私が訝しげな顔をしていると、不思議に思ったのかセルジオ殿下が尋ねてくる。

「あなたはイリアス王族の愛の逸話を知らないのか?他国では観劇にもなっていて有名だぞ。」


「それは先代の国王陛下と王妃様の身分差婚のロマンスについてでしょうか?それとも五代前の国王陛下の王宮広場での公開プロポーズについての観劇ですか?」


「そんな平和なものじゃない。やはり王国民は高位貴族にさえこういった話は伝わっていないのだな。いや逆に高位貴族の娘だからなのか……。」

 セルジオ殿下は呆れたような、憐れむような顔でこちらを見てくる。


「まあ話しても問題ないだろう。いずれ知ることだろうしな。まず昔からイリアス王国とつながりのある国には、必ず王国について言い伝えられていることがある。『王国の妃となるものに決して手を出すべからず』とな。」


 それ自体には何の疑問も感じない。どこの国でも王族の妻に手を出すのは鬼門だろう。


「よくわからないって顔をしてるな。これは一般的な倫理的考えや外交問題を考えての意味ではない。イリアス王国の王族が愛した者に手を出せば、通常では信じがたいほどの報復が待っているということだ。それこそ互いの外交上の関係や、他国や自国の安全も無視するようなレベルで。」

 そんな話は聞いたことがない。

 セルジオ殿下は怪訝な顔をする私を尻目に話を続ける。


「我が国で昔から悲劇として有名なものは、妻を殺された男が世界を半壊させ自死するストーリーの観劇だ。

―――今から数世紀前の大陸の国同士の争いが絶えない時代だ。

 ある小国の王と王妃は幼い頃から互いを想い合っており、特に王は王妃をとても大切にしていてめったに人前に姿を晒すこともしなかった。しかしある時、隣国との同盟を締結するため、王と王妃二人でその国を訪れなくてはならなくなる。王は大層嫌がったが、激化する国々の戦争を切り抜けるため、その隣国との同盟はかかせないと判断し王妃を同行させた。しかしそれは隣国と周辺諸国との罠だった。

隣国の王宮で王と王妃が離れた隙に、王妃は人質として囚われ、奪還しようとする争いの中で王妃は殺されてしまった。王妃の死を知った王は膨大な魔力を暴走させ、隣国の領土を更地に変え、近隣諸国、自身の国の領土に至るまで大きな被害を与えた。最後王妃の亡骸を抱えた王は断崖絶壁へと佇み、王妃を抱きしめたまま、確実に死ねるよう自身の首を切った上でその身を海に投げ入れたという―――」


 恐ろしい話に思わず身震いをしてしまう。

 セルジオ殿下は一度私の方を見たが、また前を向き、話を続けた。


「他にも逸話はいろいろあるな。平民の娘を愛してしまった王子が、他国の王女と婚約破棄をし、複数の国を巻き込んだ戦争を引き起こした、とか。イリアス王国の妃に心奪われ連れ去ろうとした他国の王族を、妃の目の前で跡形もなく消し去り、その光景に恐怖し気が触れてしまった妃を生涯塔に閉じ込め愛で続けた、とか。先に亡くなった妻の横で、自身も生きたままその隣に身を置き、体が朽ちるまで動かず何も口にせず死を待ち続けた王の話、とか。

―――イリアス王国の王族は狂気の愛を持っているというのは他国では有名な話だ。レイシア嬢はこういった逸話は聞いたことはないのか?」


「……存じ上げません。王家の方が愛情深いというのは国全体の認識としてありますが。妃の死をきっかけにした戦争だとか自死といった話は全く。」


 このような歴史は聞いたことがないが、これが以前フィリップ様が言っていた「女神による愛への渇望と執着」の結末ということなのだろうか。


「まあ聞いて気分の良い話でもないからな。王族と婚姻の可能性のある高位貴族の娘の耳にはわざわざ入れない話だろう。ただこれもイリアス王国の者がわざと誇張して、他国に広めたという説もある。」


「何故でしょうか?王家の評判にも関わる話でしょうに。」


「けん制だろうな。我が国の妃に手を出せばおぞましい結末を迎えるぞ、という。実際この話を聞いてわざわざ王国の妃に近づこうとする者はいない。イリアス王国の王族の魔力は強力というのは言わずもがなだ。今の平和な世の中でわざわざ藪蛇をつつくような真似をするのは、この話を知らない者か、よほどの愚か者しかいないだろう。」



 私から見る陛下も他の王族の方もそのような姿は全く見られない。


(フィリップ様が聖女様を失った時はどうだったのだろう。)


 領地にいた私は聖女様の所在不明の出来事すら知らなかったわけだが、フィリップ様が暴走すれば嫌でも耳には入って来ただろう。


 フィリップ様の話では、愛への渇望と執着は「あの王子の魂の生まれ変わりに引き継がれる」という話だった。この逸話に出てくる王たちは、あの王子の生まれ変わりということなのだろうか。


(答えの出ない問題を考えていても、らちが明かないわ。)


 愛する人を失った王家の暴走をフィリップ様に当てはめて考えるようなことはしないが、王太子の婚約者としては、やはりここからいち早く出て、フィリップ様を安心させたい。


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