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それは私が王立学園を卒業する年に起こったことだった。
突如この国を立て続けに大きな災害が襲った。
この国の古い歴史書にも記されていたというこの一連の災害は、聖女の浄化魔法によってのみ治められるといわれている―――
そう聖女!魔法!この世界には魔法があるのだ。
といっても、もはやその力は王族や高位貴族にのみ強く現われるレベル。一般の貴族は光をともしたり、火を沸かしたり、日常生活で役立つくらいの魔法しか使えない。
現代では陛下と王弟殿下、そして王太子殿下のみが大きな魔力を持っているとされている。
古からの警告に備えていた王国は、それに伴って伝えられていた秘術により聖女を見つけ出す。
王都から離れた港町の孤児院で育った娘。それがヒロインである。
「聖女が見つかった。」
その知らせと一連の話を聞いて、私は思い出した。
なんとこの世界は私の前世で描かれていた漫画の世界だったのだ!
そう気づいたときには驚きすぎてひっくり返るところだった。まさか私が幼少期に読んでいた少女漫画の世界だとは……。どうりで周りの景色になんとなく前世で見覚えのあるお店やら食べ物なんかが出てくると思った……。
とにかくこうして王都へとやってきた町娘は、それは可愛らしいまさしくヒロインにふさわしい美少女だった。
聖女となったヒロインは、高い魔力を持つ王弟と王太子、剣技に長けた近衛騎士、そして王家の影である従者と共に国の各地を周り、その地の災害を治めていったのである。
*****
「レイシア嬢、どうしたのだ?それほどこの申し出に衝撃を受けたのだろうか。」
殿下の言葉ではっと意識が戻される。
いけない。目の前の王子を無視して物思いにふけてしまった。
しかし、そうなればどうしても気にかかることがある。
「殿下……。失礼ながら聖女様とのご婚約はどうされたのでしょうか。私の記憶によれば、この春にはご婚姻をされていらっしゃるかと……。」
思わず婉曲な表現を忘れ、思ったことを率直に言葉に出してしまった。まずいと思ったのは、私の言葉に周りの空気が一段と冷たくなったからだ。
でもあの物語のラストは、この国の次期王である王太子と聖女の結婚式で締めくくられているのである。
旅をともにした数々のヒーロー候補の男性がいるが、旅の課程で次々と起こる危機を共に乗り越えながら王太子と聖女は互いに対する想いを強めていく。最終的には、最果ての地と呼ばれる聖地の浄化を終えたヒロインに王太子が求婚し、それにヒロインが応えることにより二人は結ばれるのである。
ちなみに悪役というかライバルにあたる令嬢もいた。元々王太子の婚約者であった公爵令嬢だ。
孤児であった聖女は王太子妃にふさわしくないと、旅を終え学園へと入学した聖女をいじめる役どころだ。
といってもあくまでここは少女漫画の世界。いじめといっても過激な暴力や犯罪行為があるわけではなく、無視や陰口といったそれこそ学園で起こりがちなもの。
そのため王太子と公爵令嬢の婚約が解消される際も、彼女に冷酷な咎めがあるわけではなく、最終的には婚約を解消された令嬢は自家の護衛騎士と結ばれたはずである。元々王太子と公爵令嬢の間に互いに恋心があったわけではなく、あくまで政略結婚であったため、婚約解消の申し入れがあればあっさりとその話は進んでいった。
そして公爵令嬢と婚約を無事解消した王太子は、学園のみんなの前で聖女に跪き、彼女に求婚するのだ。
『心清らかで、困難にも決して屈することなく立ち向かう勇気ある美しい人。
どうか私の隣で、王妃としてともにこの国を支えてほしい。』
『私もあなたを愛しています。あなたとだったらこの先どんな困難が待っていても乗り越えられる。
私をあなたの隣に居させてください。』
そう言って、聖女は王太子の求婚を受け入れるのだ。