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頭がぐらぐらして気分が悪い。
目を開けるのも億劫だ。
さっきから体を揺すられているような感覚があるが、正直やめてほしい。
もう少し寝ていたい……
「レイシア嬢!」
耳元で叫ばれた自分の名前に、いきなり意識を引き戻された。
大きく目を見開いて、周りをチョロチョロ見てしまう。薄暗くて視界がはっきりしない。起き上がってみるが、体がだるくて仕方がない。
「レイシア嬢、起きたか?」
声のする方へ視線を向けると、思っていたより近いところに人の顔があった。
「ぎゃっ!」
驚いた拍子に後ろにのけ反ってしまうが、それを目の前の人物が支えてくれる。
「今の叫び声は、淑女というには随分なものだな。」
こちらを揶揄しながら笑っている人物はセルジオ殿下だった。
「セルジオ殿下!ご無事だったのですか!?というかここは……」
周りを見渡すと、先程よりは視界が開けてきたが、見覚えは全くない場所だ。記憶を遡って考えれば、セルジオ殿下とともにどこかに連れ去られたとみて間違いない。
(やってしまった……)
王宮で、まさか他国の王子とともに連れ去られてしまうとは。
護衛騎士は無事だっただろうか。私の姿が見当たらないのはすぐにわかるだろうし、王宮は今頃大騒ぎになっているだろう。
「フィリップ様……」
殿下も心配しているだろう。毒薬事件に引き続いて誘拐事件だ。あの時も殿下はずっと私の心配をしていて、随分やつれてしまっていた。殿下の苦しそうな泣き出しそうな顔を思い出して胸が痛む。
「ああ、王太子のことか。これは王宮は大変なことになってるだろうな。なんせあの王族の生来だと……。あなたがいっしょにさらわれたのは、完全に予想外だったな。」
セルジオ殿下に私のつぶやきが聞こえていたようだ。
「予想外とは?」
不自然な言い回しに、セルジオ殿下にその言葉の意味を聞いてしまう。
「そのままの意味だ。私だけなら計画通りで、今頃私の手の者がこちらに到着していたはずだが。あなたも拉致されたせいで、王宮でもめ事が起きてそうだな。」
あっけらかんとセルジオ殿下が答える。
「どういうことですか!?まさかあなたはこの誘拐事件を事前に知っていらっしゃったのですか!?」
思わずセルジオ殿下に掴みかかる勢いで問い詰めてしまう。
「落ち着け。ある程度想定していたということだ。最近第二王子派の連中の動きが怪しかったからな。そろそろどの貴族が主犯か炙り出してやろうかと思っていたところだったんだ。他国でこちらの警備が手薄なときに何か仕掛けてくると踏んで、まさにこちらの思う通りに動いてはくれたが……。」
「他国の王宮の夜会の最中にですか!?事が明らかになれば、私がここにいる、いないに関わらず国際問題になります!」
明らかに早計過ぎる計画に驚きが隠せない。
「それもあちらからすれば計算の内なんだろう。聖女があなた方に助けを求めた、あの後のタイミングでやらかすことで、王国の策略によるものかとこちらの陣営を錯乱させたかったんだろう。
しかし直後とはタイミングが早過ぎる。しかも未来のお妃様といっしょにとは。―――おそらくダンの独断だろう。あいつは聖女がからむと思考が一気にアホになる。王位には全く向かないな。」
「……浅はか過ぎます。他国で取る行動ではありません。仮に第二王子派が覇権を握っても、これでは他国との関係性を悪くするだけです。」
「だからあいつらはダメなんだ。俺一人をどうこうすることしか考えていない。聖女を手玉に取って調子付いたようだが、あの聖女はまるで役に立たん。他国の王太子妃になる予定だったのだから、少しは頭の使える女かと思っていたが、独善的で人を疑わない。前向きというより自分の良い方にしか物事を見ないタイプだな。騙されて利用されて朽ちていくのが落ちだ。
あれに心酔する弟も全く理解できないな。あんな女に振り回されているようでは、大事は成せない。」
散々な言い草だ。夜会での二人を思い浮かべるとちょっと納得してしまうところもあるが。
「災害の件も現地のことは何も知らぬくせに、自分の意見だけを押し通そうと躍起になって。何も方法を持たず、『民が傷ついてる』などと涙を浮かべて祈っても何も生まれん。あんな甘ちゃんたちが、過酷な旅路を乗り越えて災害を治めたと言われてもな。せいぜい人を思う存分遣って、自分たちはできるだけ楽しながら旅していたんだろう。王国は魔法を扱う人材も豊富だしな。あんな女にコロッと心奪われる理由も全く私にはわからんな。」
(わかる。わかる部分も大いにある。でも……)
「その言い分はおかしいのではないでしょうか……!」
セルジオ殿下が言うならば、聖女様やダン様はサハラ国の災害の状況を、正確には理解できていないのだろう。
でもあの方たちはかつて、実際に辛く苦しい旅路を遂げ、あの恐ろしい大災害を治めたのだ。
(だって私は知っている。全部読んだのだから。)
前世であの漫画を読んだ時、そして現世で災害が収まったと聞いた時の、あの、彼女らに抱いた感謝と尊敬の意は消せない。
「セルジオ第一王子殿下。確かに今の隣国の現状は私どもには全くわかりませんし、聖女様方がどのようなお話をされているのかもわかりません。聡明な第一王子殿下から見ると、大きな視野で物事を見ていないように思われても仕方がないのかもしれません。
でも過去の彼女たちの活躍は、努力や苦悩は、決して間違いではないのです。聖女様は誰よりも慈悲深く、健気にそして勇気を持って災害に立ち向かってくださいました。そしてそれを支えてきたダン第二王子殿下やフィリップ殿下も素晴らしい方々ばかりです。王国民の一人として、先程の第一王子殿下の発言だけは断固抗議致します。」
まだ一貴族令嬢の私が、他国の第一王子に抗議など、罰を受けても仕方ないくらいに無礼な行為だ。
しかしこればかりは譲れない。真っすぐセルジオ殿下の目を見て訴える。