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入場のコールとともに現れたフィリップ殿下と私の姿に、会場の人々の目は釘付けだ。好意的な目もあれば、当然猜疑的な視線も感じる。全ての視線をできるだけ視界に入れないようにしながら、微笑みを絶やさず殿下とともに会場の席へと足を進める。
続いて、控えていた王族の方々が次々と入場し、陛下と王妃殿下も入場を終えると、他国の王族や使者たちも入場を始める。
サハラ国の入場となると、当然のように会場がざわついた。
一人で入場した第一王子の後ろに、なんとなく見覚えのある男性が聖女様にしか見えない女性をエスコートしているのだ。事情を知らない貴族たちは、こちらとサハラ国側を見ながらひそひそと話をしている。
「イリアス王国国王陛下、本日はお招きいただきありがとうございます。王太子殿下とレイシア様のご婚約、誠におめでとうございます。」
サハラ国の第一王子は定型の挨拶を述べる。
「うむ、長旅の末二人の祝いに来ていただいたこと感謝する。どうかこの夜会を楽しんでいってくれ。」
陛下はそこで一度言葉を区切り、周りを見渡しながら続けた。
「そして、今回病気療養のため離宮で休息されていた聖女様が一時回復されたため、今回の夜会に出席してくださった。サハラ国の第二王子殿下とは療養先で知り合われ、王子殿下が本国の夜会に出席されるのは初めてとのことで、それに付き添われたそうだ。皆久しぶりに聖女様にお会いしたことは喜ばしいことではあるが、彼女はまだ回復半ばのためくれぐれも無理をさせぬよう。」
陛下の言葉により、先程までざわついていた会場もいったん落ち着いたようだ。言葉通り受け取っていない貴族たちもいるだろうが、陛下の御前でそれを口にする者はいないだろう。
他の来賓も一通り挨拶を終えたことで、夜会はダンスと歓談の時間に移った。
私とフィリップ殿下は祝いの挨拶をしようと次々に集まってくる貴族たちに囲まれている。
中には殿下と私と聖女様の関係を揶揄するような方もいた。しかし、フィリップ殿下が「彼女の聡明さと私をナイフから救ってくれたあの勇敢さに、私がすっかり惚れこんでしまいました」と公然と惚気れば、何も言えずに去っていく者ばかりだ。
ようやく人波が去ったというところで、少し離れたところからダン殿下と聖女様がこちらに向かってくるのが見える。
「フィリップ殿下、ダン殿下と聖女様が……」
「こちらに来そうだね。一回バルコニーに移動しよう。」
小声でフィリップ殿下とやり取りをし、そのまま近くのバルコニーへ向かう。
外の空気を一息吸ったところで、後ろのドアが開き、ダン殿下と聖女様がこちらに入ってくる。
「フィリップ殿下、レイシア嬢、この度はご婚約おめでとうございます。」
ダン殿下は一応通例に則って祝いの挨拶をするつもりらしい。
「フィリップおめでとう。」
対して聖女様は、以前の印象と変わらずフランクな方のままのようだ。
「ダン第二王子殿下、聖女ミア様、お祝いのことば誠にありがとうございます。」
フィリップ殿下はその言葉に律儀にお礼を返す。私も彼の横で正式な礼を取る。
「ミア様なんてよそよそしいわ。以前のように呼び捨てでかまわないのに。」
聖女様はこちらが距離を置いて話していることはおかまいなしのようだ。
「フィリップ殿下、聖女ミアを王宮より勝手に連れ出したこと、本当に申し訳ありませんでした。」
ダン様は聖女様の話を遮るように、フィリップ殿下に話しかける。
「なんのことでしょう。先ほど陛下が話されたように、聖女様は病気療養のため王宮から離れただけです。」
フィリップ殿下は、あくまで今後はその事実を通していくのだと改めてダン殿下に示している。
「そうそう。そういうことになったのよね。でもごめんなさい。相談もせずに出て行ったこと本当に申し訳ないと思ってたの。最初はすぐに戻る予定だったんだけど、港で隣国の貴族の人にたまたま会ってね。ダンを連れていかれそうになったから私も付いていくことなって……」
「聖女様。そのことについて、聖女様が謝罪することはありません。」
フィリップ殿下がたまらず聖女様の話を遮る。
「そうよね……フィリップも怒ってるわよね……。」
聖女様は話の本質がわかっていないのか、しょんぼりとした顔でうつむいてしまった。ダン殿下がすかさず聖女様の肩を優しく抱き、微笑みながら慰めている。
正直いつまでこの問答につきあわないといけないのだろう。
「ダン殿下、聖女様。会場には王国の様々な食事や飲み物もご用意しております。久しぶりの滞在ですし、どうぞ会場に戻られて楽しんでください。」
たまらず暗に会場に戻れと言ってしまった。
「違うの!もちろん謝りたいというのもあったんだけど、本当はフィリップにお願いしたいことがあって……」
聖女様は両手を前に組んで、まるで祈るようにフィリップ殿下を見上げる。
「実はダンの母国のサハラ国が今大変なことになっているの。以前王国であったような大きな災害が起こっていて……。私もなんとか食い止めたいんだけど、第一王子様はその場所にいっしょに行ってくれる人を貸してくれないの。今その場所に人を遣るのは危険だからって。
でもそれは第一王子様が私とダンを嫌っているからだと思うの。あの方は王宮の人たちにも民にもすごく厳しい制限を作っていて、それを破るとすぐに罰を与えるし。それは間違ってるっていう人も多くて……。だけど誰も第一王子様には逆らえないの。
だからフィリップたち、王国の人たちにも手伝ってほしくて!私たちなら一度災害を治めてるから、どういったことが起こるかよくわかっているし、王国の人は魔法も使えるでしょ。サハラ国の人たちもとても困ってるの……お願い!力を貸して!」
聖女様は目に涙を浮かべながら、フィリップ殿下に懇願している。
チラッとフィリップ殿下の方を見ると、彼と目が合う。頷いている様子からすると、隣国の災害の件は把握済みだったようだ。
「聖女様、率直に申し上げますが、そのお申し出は受け入れられません。」
「なんで!?困っている人たちがいるんだよ!」
フィリップ殿下がそう答えると、聖女様は断られたことに心底驚いている様子を見せる。
「我が国も先の災害の復興半ばです。今はそちらに全力を注がねばなりません。それにそちらの災害はあくまでサハラ国の問題。他国である我々が安易に口や手を出せる問題ではありません。」
「もちろん、勝手には無理だけど、陛下から第一王子様に提案してもらえれば……。私たちの言うことは聞かなくても陛下の言うことには耳を貸してくれるでしょう。」
「それは私たち王国には利のないことです。利がなく危険のみがあることに、王国の人間を出すわけにはいきません。」
フィリップ殿下ははっきりと述べる。
ダン殿下は口を出さないところを見ると、フィリップ殿下の言うことは道理にかなったことだと理解しているのだろうか。それなのになぜ聖女様を止めないのか。
「聖女様。お言葉ですが、国にはそれぞれ自治権があり、他の国から、たとえそれが善意であっても安易に口出しはできません。それに浄化の旅はとても危険で大変な旅だったと聞いております。陛下も、王国の民がおいそれとそのような苦労をされることは良しとしない方です。」
思わず口を出してしまった。出来る限り優しい口調で聖女様を諭そうと試みる。
「レイシア様は黙っていて!あなたは旅のことも私たちの絆も何もわからないでしょ!」
思わぬ強い言葉に、後退ってしまう。
その拍子にドレスの裾が柵の装飾に引っ掛かり、よろけそうになる。そんな私の背をフィリップ殿下が優しく支えてくれた。
「聖女様。私の婚約者に八つ当たりすることはやめていただきたい。とにかくこの件については、陛下とサハラ国の第一王子殿下に正式にお話します。私たちはこれで失礼。」
フィリップ殿下はそう言い残すと、私の背を優しく押しながらバルコニーを後にする。
後ろから「フィリップ!」と殿下を呼ぶ聖女様の悲痛な声が聞こえるが、殿下は振り向かない。