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それからは夜会に向けて忙しく、なかなか殿下と二人きりでゆっくり話せる機会もなかった。
最初のうちはあの時の恥ずかしさが抜けず、忙しくてよかったと思っていた私だが、それが長く続くと寂しさを覚える。
でもそうやって私が寂しく感じていると、殿下がこちらを見て甘く微笑んでくるのだ。絶対わかってやっている。
翻弄されるのが悔しくて仕方がないのに、そんな殿下にときめいてしまっている自分にやきもきしている間に、夜会の当日がやってきた。
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王太子であるフィリップ第一王子とチェスター侯爵家令嬢レイシアの婚約発表の夜会は、国内貴族だけでなく他国の王族や使者たちも数多く参加する。
まずは夜会前に王族の控室で、普段は会うことの少ない王族の親類者と挨拶を交わすのが、婚約発表の定例となっていた。
「チェスター侯爵家長女のレイシアでございます。今後とも末永くよろしくお願いいたします。」
丁寧な礼を取りながら、声を掛けてくださる王族の方々と次々に挨拶を交わしていく。人数はそれほど多くはないが、やはり王族の方と言葉を交わすというのは、普段はない緊張感がある。
一通り挨拶を終えたかというタイミングで、王弟であり殿下の叔父でもあるシャーリー公爵様に声を掛けられた。
「フィリップ殿下、レイシア嬢、婚約おめでとう。ようやくフィリップの愛しの婚約者に挨拶することが出来て光栄だよ。」
軽い調子で声を掛けてきたシャーリー公爵様は、さすが殿下の叔父様というべき、麗しい外見とそれにあった穏やかな表情をしていた。
「叔父上ありがとうございます。」
フィリップ殿下は流暢に挨拶を返すが、なんだか口調に少し棘がある。
「シャーリー公爵閣下、ありがとうございます。そして、以前の事件の際、解毒薬を閣下が提供してくださったと聞きました。御礼が遅くなりまして誠に申し訳ありませんが、その節は本当にありがとうございました。」
解毒剤はシャーリー公爵様が開発し、医師に託してくれたものだと聞いてから、ずっとお礼を伝えたいと思っていた。
「王族として当然のことだよ。こちらこそ大切な甥を想ってくれてありがとう。」
にっこりと素敵な笑顔で返されてしまった。殿下に似たその笑顔を見ると、思わず頬が赤くなってしまう。
「叔父上。そろそろ入場の時間が近づいてきましたので失礼します。」
話を続けようかと口を開こうとすると、すぐに横からフィリップ殿下に手を引かれてしまう。
「失礼します。」
足早に退席を詫びる挨拶をして、フィリップ殿下とその場を後にする。
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「もう少しお話しなくてよろしかったのですか。」
「叔父はよく王宮にも出入りしている。必要なことはいつでも話しているから大丈夫だよ。」
その割に私はまったくお会いする機会がなかった。
不思議に思っていると、殿下は立ち止まり、私に向かってちょっと拗ねた口調でこう言う。
「叔父上とはあまり話さないように。」
「どうしてでしょうか?シャーリー公爵様は陛下やフィリップ殿下との仲も良好だと伺っていますが……。」
「……叔父上は独身だから。それにあの人は誰にでも人当たりがいいから、すぐに好かれる。」
殿下が嫌そうにそう言うのを見て、思わず声をひそめて笑ってしまった。
「そんなに笑って。私の婚約者殿は余裕な様子だな。もう入場の時間だよ。」
すっかり拗ねた様子の殿下に気をとられていたが、入場という言葉に、笑いを堪えていた私もすぐに緊張を取り戻す。
いつの間にか王子然と様変わりした殿下に腕を差し出され、その腕に自分の手を添えて入場の扉が開くのを待つ。
「私が横にいる。心配しないで微笑んでいて。」
さっきまで拗ねたり私をからかっていたのに、殿下はこんな時は私の欲しい言葉を与えてくれる。
「フィリップ様がいるから大丈夫です。」
私はそれに最大限の笑顔で答える。
そのまま夜会の扉は開かれた。




