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最悪な気分のまま朝を迎えた。
いつものように侍女に身支度を手伝ってもらっていても、なんだか気分が晴れない。
「レイシア様、お加減が悪いのでしょうか。」
あきらかに様子のおかしい私に、侍女が心配そうに尋ねてくる。
「昨日夜会のリストを見ていて夜更かししてしまったのよ。できれば目が腫れているのがわからないよう化粧してくださる?」
笑って適当にごまかすしかない。
侍女は心配そうな表情は変わらないが、何も聞かずに言われたままにしてくれた。
今日の公務は夜会会場の設営確認だ。
その後には令嬢たちとのお茶会の予定も入っている。
気合いを入れて臨まなければ。
*****
夜会会場に入ると、すでにフィリップ殿下が責任者と話している最中だった。なんとなく顔を合わせるのが気まずい。
「先に食事やカトラリーの確認をしましょう。」
侍女に声を掛け、会場に来ているはずのシェフを探そうと、殿下に背を向ける。
しかし、「レイシア」とすぐこちらに気づいた殿下に声を掛けられる。
「フィリップ殿下、遅れてしまって申し訳ありません。」
声を掛けられてしまえば知らぬふりはできない。努めて普段通りに見えるよう、振り返って笑顔で挨拶を交わす。
殿下は一瞬こちらの顔をじっと見たが、すぐにリストに目を移し、話を始めた。
(良かった。いつも通り振る舞えているみたいね。)
その後は順調に話を進めながら、打ち合わせを終える。
殿下も公務が立て込んでいるらしく、足早に会場を去っていった。
*****
部屋で一息入れたら、私もすぐに茶会に向かう。
今日は例の毒薬事件の茶会に参加していた令嬢たちを再び招待した茶会だ。
会場からは離れていたが、騒ぎは茶会会場まで響いていたらしく、怖がらせてしまったお詫びも兼ねて王妃様が再び開いてくださったものだ。
広場に入り席に座ると、口々に同じテーブルの令嬢たちから気遣いの言葉を掛けられる。今回は以前から親交のあった令嬢ばかりのテーブルだ。王妃様が気を配ってくださったのだろうか。
王妃様は茶会の初めに挨拶に来てくださったが、「あとは若い令嬢たちだけで親交を深めてね」と様々な茶菓子や軽食を用意してくださった後はすぐに退席された。
しばらく穏やかに会話を楽しんでいたが、少し経った頃、私のテーブルに一人の令嬢が遠慮がちに声を掛けてきた。
「レイシア様。ご歓談中申し訳ございません。私、シガー子爵家のアイラと申します。前回のお茶会で一度ご挨拶させていただいた者です。」
前回のお茶会で近くのテーブルに座っていた令嬢だ。
「アイラ様ですね。前回はいろいろあってゆっくりお話できず申し訳ありませんでした。今日はどうされたのでしょうか。」
私がそう切り出すと、アイラ様は話すのを戸惑うような仕草を見せた。
立て込んだ話なのかと、会場から影になる近くのベンチまで移動する。もちろん傍に護衛は控えたままだ。
「こちらでしたら多少人目も避けられます。何か私にお話されたいことがあるのでは?」
ベンチに腰掛けた後も、うつむいたままのアイラ様に声を掛ける。
「……レイシア様。こんなことを伺うのは失礼だとはもちろん承知の上です。でも教えていただきたいのです!エル子爵家のヴィオラ嬢のことです。」
すぐにあの事件の令嬢のことだと気付く。
驚く私をそのままに、アイラ様は思いつめた様子で話を続ける。
「彼女が大変なことをしたのはもちろんわかっています。許されないことだと…。
―――私、彼女とは領地も近かったため、幼い頃から仲の良い友人でした。昔からどちらかといえば引っ込み思案で恥ずかしがり屋な子でしたが、とても優しい子だったんです。だからどうしてそんなことをしたのか知りたくて……でも彼女を訪ねたくてももう子爵家はなくなっていて、彼女も修道院へ入ったとしかわからず、どうしようもなくて……。レイシア様でしたら何かご存じではないかと……。
お願いです。どうか彼女がどうしてあんな風になってしまったのか教えてください!そうでないと彼女にもう会えないということが受け入れられなくて……」
泣きながら懸命に乞う彼女を見て、申し訳ない気持ちになった。
ヴィオラ嬢はその後も不安定な精神状態から戻らず、修道院に入られたという話は、私も聞いていた。ただ彼女が殿下に恋心を叫んでいたことや、反王家派と関係があったかもしれないことは、一般の貴族には話せることではない。
「アイラ様どうかそんなに泣かないでください。―――申し訳ないのですが、私もあの時は意識が朦朧としていて……。意識が戻った後も、彼女が病気のため修道院に入られたとしか聞いていないのです。アイラ様のご要望に応えられないのは心苦しいのですが……」
そう言うと、アイラ様はグッと私の方へと身を向けて、すごい形相でこちらを問い詰めてきた。
「どうしてですか!彼女のことを誰も教えてくれない。ずっと一番の親友だったのに!私は彼女が悩んでいてもなんの助けにもなれなかった……だからせめて真実だけでも知りたいのに!」
彼女の勢いに思わずのけぞってしまう。
護衛が間に入ろうと動いているのが見えたが、視線でそれを止める。
「アイラ様、落ち着いてください。アイラ様がヴィオラ様を大切に思われていらっしゃるのはよくわかりました。でも私も知らないことが多く、お伝えできることがないのです。」
アイラ様を興奮させないよう、慎重に言葉を選ぶ。
それでもアイラ様には伝わらないようだ。
「どうして!みんなあの子をいなかったように……!」
涙を流しながらこちらに手を伸ばしてくる。これ以上はまずい。
護衛に合図を送ろうかと、目線をそちらに向けると―――
「アイラ様!何をしていらっしゃるのかしら!」
ビシッと扇が閉じられる音と、凛とした声がその場に響く。
そちらに目を向けると、レガール侯爵家のマリア様が近くに立っていた。
「次期王妃であるレイシア様にそのような醜態をお見せになられて。恥を知りなさい。」
冷静なマリア様にそう言われて、アイラ様も我に返ったらしい。
「レイシア様申し訳ありません。」
勢いよく謝罪を述べると足早にその場を去っていった。
護衛が追った方がいいかと目を向けてきたが、それには首を振り、代わりに近くの侍女にアイラ様を帰りの馬車まで送るよう伝える。あの様子ではもう茶会には戻れないだろう。
「マリア様、ありがとうございます。マリア様がお声を掛けてくださったので、必要以上の騒ぎにならずに済みました。」
マリア様に向き合い、お礼を言うと、彼女は首を横に振る。
「偶然こちらを通ったのでお声を掛けさせていただいたまでです。盗み聞きのような形になってしまいまして申し訳ありません。」
「とんでもないわ。私も取り乱していたみたい。冷静に彼女の話を聞けていなかったようで恥ずかしいわ。」
マリア様の声でアイラ様もすぐに我に返っていた。もう少し冷静に毅然とした態度を取っていたほうがよかったのかもしれない。
「レイシア様には何の非もありませんわ。あなた様は慈悲深くお優しすぎるのです……。」
マリア様は少し拗ねたような顔で、小さな声でそう返した。
「以前のお茶会では大変失礼いたしました。本当はもっと早くお詫びと、あの時気遣っていただいたお礼がしたかったのです。あの時、私は本当に子どものような態度を取ってしまい、淑女としてあり得ないことを致しました。レイシア様の人となりを何も知らずに、あのようなことを申して……それにも関わらずレイシア様は私に咎めがないよう取り図ってくださいました。本当に申し訳ありませんでした。」
マリア様はそういうと潔く頭を下げた。
「マリア様、やめてください。」
慌ててマリア様を止める。
「こうしてまた話してくださって私は嬉しいです。今回も助けていただきましたし、あの時のことはお互いもう忘れましょう。私とぜひお友達になってくださいませ。」
そういって手を差し出すと、マリア様も頬を染めながらその手を取ってくださった。彼女とは仲良くなれそうでよかった。




