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 ジェイク様の衝撃発言から、私とフィリップ殿下はすぐに陛下の元へ訪れ、隣国の詳しい事情を聞くことになった。第二王子とそのパートナーについては事実らしく、サハラ国の第一王子自ら、詳細に二人の容姿や第二王子就任までのいきさつなどを伝える手紙が届いたらしい。



 どうやらあちらの第一王子は相手を挑発し、翻弄するのが好きな性格のようだ。


 現在サハラ国は現王が病で塞ぎがちなため、実質国政の指揮は第一王子が担っている。彼は独裁的な政治体制を取っていると、一部の国内貴族や他国から批判を受けることもあるが、近隣の蛮族からの攻撃も次々と退け、第一線で国を守り切る第一王子を貴族も民も支持せざるをえない部分もある。


 王国を無断で出た二人を、隣国の使者としてこちらに送り込むなど本来ではありえないことだが、第一王子はこちらの出方を見ているということだろう。

 王国としては変に騒ぎ立てれば、隣国との関係も悪化し、聖女が消えた事実をまだ知らぬ民にも動揺が広がる。


 ひとまずあちらの動きがわからない今は、通常の使者と同じように対応するしかないだろうとの結論となった。特にフィリップ殿下と私に対しては、あちらがどういった対応を取ってくるかわからない。当日は特に二人の動きに注意して、あまり人目のあるところで話をしないようにと注意を受けた。




 謁見室を出て、隣の殿下の様子を伺う。謁見中も殿下は一度も自分から発言はせず、今も黙って何かを考え込んでいるようだ。


(当たり前よね。愛した女性が過去の配下のパートナーとして夜会に出席するなんて……)


 初めに侯爵邸に結婚の申し込みに訪れてから、殿下が聖女様のことを口に出すことはなかった。しかし心の内ではまだ彼女を想う気持ちも残っているかもしれない。


(それを思うとなぜか胸が痛むわ。)


 でもこの痛みは、今は無視だ。

 それよりこれ以上殿下が傷つくようなことが起きてほしくない……


 殿下を横目で見ながら、部屋に着くまで、私は殿下に何も声を掛けることが出来なかった。




*****

「夜会なんて来なければ良いのに……」

 ベッドに横になりながら、思わずつぶやいてしまう。あれから夜会での振る舞いについて考えてみたが、相手の魂胆がわからない以上、なんの対応策も浮かんでこない。


 殿下をできるだけ二人に会わせずに、とは思うが私たちの婚約発表の場だ。どうしたって各国の来賓との挨拶はかかせない。


「聖女様はどうして以前の婚約者の婚約パーティーに顔を出せるのかしら。」

 私だったら絶対に嫌だ。


 聖女様はどうして殿下を置いて国を出て行けたんだろう。

 なぜダン様のパートナーとして殿下の前に現れるの。

 この国を裏切るような行為をしたと罪悪感はないのだろうか。



 私の中の聖女様のイメージは、どちらかといえば漫画の中の登場人物としての印象が大きく、とにかく善良でどこまでも前向きな姿ばかりが記憶に残っている。実際、学園では聖女様にお目にかかる機会など私にはなく、学園に流れる噂話のような話を友人から聞いていただけだ。

 むしろ話の展開を知る私が近づき過ぎれば、漫画の世界の流れが壊れるのではと意図的に避けていた部分もある。それを思うと、夜会で直接対峙するのも余計に気が進まない。




 答えの出ない問題にベッドでごろごろと悩み悶えている間に、私は眠りについてしまった―――





*****

―――この光景は……日本かしら。

 夜のオフィス街を駅に向かって足早に進む自分が見える。

 ああそうだ。今日もまたあのクソ課長に理不尽に怒鳴られて泣いている後輩に、なんの希望にもならない、ただの慰めの言葉しか掛けられなかったのだ。




***

 私の会社は大企業ではあるが、所謂古い体質を良しとする保守的な会社だった。誰もが名前を知っている歴史ある会社だが、それ故内部は完全な年功序列で上下関係もはっきりしている。パワハラもセクハラもまかり通っている。

 私のいた営業部はさらにそれが明白で、数字の上がらない社員には遠慮なしに物が投げつけられる。上司の機嫌次第では、仕事とは直接関係ない備品の片づけや私物の置き場所なんかで、長時間説教を受け怒鳴りつけられることもざらだ。


 その年入った新人の女の子は、ちょっとふっくらとした見た目も中身もおっとりした大人しい子だった。私は彼女の教育係になった。つたないながらも一生懸命仕事を覚えようと努力する彼女が、妹のようで私はすごく可愛かった。

 しかし何が気に食わないのか知らないが、上司は最初からその子を目の敵にした。


 彼女を執拗に怒鳴りつける上司にまずは直接掛け合った。書類を投げつけられるだけだった。

 周りの同僚にも助けを求めた。上司のさらに上の役職にも掛け合った。でもみんな見て見ぬふりだった。上司は自身の営業成績もずっとトップで、会社の幹部に親戚がいるというコネ持ちでもあった。誰も上司に正面から抗議できない。


 私はその子と上司をできるだけ会わせないよう外出を調整したりしたが、ずっと避けられるわけもない。

 後輩は毎日会社の倉庫で泣いていた。私は度々泣いている後輩を慰めにそこを見に行くのが習慣になっていったが、「いつか上司も移動になるから。必ず環境は良くなるから。」とそれしか言えることがない。


***

 ある日、いつものように疲れて家に帰ると、散らかったままの部屋に書置きが残してある。

「新しい彼女見つかった。今までありがと。さよなら。」

 一度会社を辞めてから半ヒモ状態で我が家に居座っていた彼氏は、どうやら新しい寄生先を見つけたらしい。彼に私への愛がもうないことは、なんとなくわかっていた。

 疲れていて涙も出ない。何も考えずに眠りたい。


***

 ある日上司が投げた物が後輩の腕に当たり、腕から血を流す事態になった。周りも戦々恐々としている。それでも上司は怒鳴るのをやめない。


 私の中で何かがキレた。この上司が移動するのを待ってなどいられない。むしろこのまま移動先で被害者を増やすことも許せない。


 私はその日からこっそり社内で上司のパワハラの証拠を集め始めた。みるみる証拠はたまった。あとはこれを私の退職届とともに人事に提出するだけだ。

 これだけ大きな会社だ。まともな正義感のある人間だってきっといるはずだ。これを見てくれる人がそうとは限らないが信じるしかない。


***

 その日、全ての準備を整えた私は早朝から会社に向かっていた。朝一番で証拠と退職届を人事に提出するためだ。

 いつもの信号待ちをしていると、少し離れたところから悲鳴や叫び声が聞こえる。気が付いて顔を上げたときには、目の前に、歩道に突っ込みながら暴走をやめないトラックが目に入った。


(避けられない)


 そう思うと同時に、私の体は強い衝撃を受け、目の前が真っ暗になった。



***

 何も見えない意識の中で私は嘆くしかなかった。


 なんで最後の願いも叶わないの!


 私は誰も守れない。力がない。やっと振り絞った決心も無駄になった。


 私の人生に意味はあったの?


 どんなに助けを求めても、誰もこちらに手を差し伸べてくれなかった。


 私にそれほどの価値がなかったからだ。


 本当は誰かに手を取ってほしかった。守ってくれる存在が欲しかった。愛した分だけ愛される。そんな関係になれる誰かが欲しかったのに――――




*****

 ガバッ!

 勢いよくベッドから身を起こす。


 汗が止まらない。

 前世の記憶が蘇ってから、死ぬ直前の記憶を思い出すのは初めてだ。

 ベッドの脇に置いてある水差しから水を汲むと、それを一気に飲み干す。なかなか喉の渇きが収まらない。



(私の最後はあんなだったんだ。)


 ひどい上司がいたのはなんとなく覚えていた。いつも先輩、先輩と慕ってくれる後輩が、可愛くて仕方なかったことも。


 何とか会社の雰囲気を変えたかったけど、周りは誰も助けてくれなかった。


(本当は私、自分が誰かに助けられたかったんだ。家でも会社でも。)


 最後の願いはそういうことだろう。

 なんて自己主義的な考えだ。自嘲してしまう。


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