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「わざわざ場所を移してすまない。さすがにあの話を屋外でするわけには行かなくてね。この部屋は内密な話をするには、最も適しているから。」

 殿下はそう言って、さらに魔法で部屋に結界を張る。


「私は全くかまいません。」

 そこまでの話と聞くと、さすがに背中に冷や汗をかきそうになる。

 密談をする際に使われる結界は、王家の方にしか使えない高位魔法だ。そこまでする必要のある話とは……



 結界を張り終えると、殿下は居を正して私を真っすぐ見つめてくる。

「これから話す内容は建国神話に関わることだ。この国に住まう者なら建国神話については聞いたことはあるとは思うが、レイシア嬢はどのような話として知っている?」


 建国神話は貴族や庶民どんな立場の者でも、幼い頃から何度も聞かされるおとぎ話のようなお話だ。

「私が知っているものは一般的な話かと思います。昔まだ王国の土地が貧しい頃、当時の王族の方が愛の女神アディローテ様の加護を受けて、この土地を豊かなものに変え、王国を繁栄させたというものですわ。そしてその時、女神様から王族の方に与えられた魔力が、今も王族の方を中心にその血を受け継いだ貴族にも流れている、と。」


「その通りだ。そしてその話は決して間違いではない。ただ広く知られたその話は、実際は王家の禁書に残されているものから大幅に省略されて伝えられているものだ。実際の話は、より複雑なものになっている。


―――昔、荒れた貧しい土地ばかりの国の王子は、毎夜神に土地の実りと民の幸せを願い、祈りを捧げていた。

 それを聞き入れた愛の女神アディローテは、自身の愛し子を王子が生涯愛し続け大切することを条件に、国の繁栄を約束する。そして彼らの子孫もまた、愛しき者を一途に想い慈しむ限り、国の繁栄は永遠に続くだろう、と王子に告げた。

 女神は国の大地に恵の魔力を注ぎ込み、王子自身にもまた魔力を与えた。


 誠実な王子は女神との約束を守り、生涯愛し子である妻を愛し大切に慈しんだ。国は大いに繁栄した。彼の子どもたちもまた誠実で愛情深い性質を受け継ぎ、女神との約束は長い間守られていく。


 しかし、ある時一人の奔放な王が、愛したはずの妻を蔑ろにし、多くの女性を侍らせた。

 約束を違えた王に女神は怒り、大地に与えた魔力を暴走させ国に大きな災害をもたらした。


 このままでは民は死に、国が亡びると憂いた一人の王子は、女神の元を訪れ、怒りを鎮めてもらえるよう祈った。

 王子は『自身の命を女神に捧げるので、どうか民の命は救ってほしい』と女神に乞う。女神はそれを許さず、怒りのまま王子の命を奪おうとする。そこに王子の妃が現れ、彼女は『彼の代わりに自分の命を捧げるから彼の命は奪わないでくれ』と泣いて懇願した。王子は必死に妃を止め、二人は互いを庇い合う。


 二人の誠実な思いと互いへの愛を理解した女神は最後の慈悲を与える。

 妃に暴走した土地の魔力を浄化する特別な力を。

 ただし、王子の魂には愛への渇望と強い執着を埋め込んだ。魂が何度変わろうとも変わらぬものとして。決して愛する者を蔑ろにできぬよう。


『愛を失いしもの、破滅へと自らいざなう。』

 女神はそう言い残し、王国から姿を消した。



 その後、王国は愛の女神の加護と大地の恵みの魔力は失ったが、王子と妃がともに災害の地を浄化して回り、人に残った魔力を駆使し、知恵を働かせて国を再び繁栄させた―――



 これが禁書に残されたこの国の建国神話だ。

―――この国は愛の女神の加護を当に失っている。」


 フィリップ殿下はそこまでで話を一度止めた。彼の瞳には痛いほどの苦しみが感じ取れる。



 我が王国は神の信仰を軸に成り立つ国ではない。しかし王国に加護を与えてくれた女神を今も王国民は敬い、強い信仰心を持つ者も少なくない。

 もし女神の怒りを受けた過去の王家の行いが公になれば、今の王家がいかに国に尽くしていようと、不満を抱き反旗を翻す者もいるかもしれない。

 これが、この話が一番の国の機密として扱われる所以なのだろう。



 あまりの話の重さに、私は言葉が出てこない。殿下は私のそんな様子を見て、一息ついてから話を続けた。


「この過去に起きた大災害が反王家派を生む原因となった出来事だ。この大災害は過去の王国の一部地域を壊滅に追い込んだ。土地は浄化されたが再び人々がそこに住むことはできなかった。そして、その土地は建国後王国に統合されたある民族が住む地域だった。


 彼らは、元は王国の隣にある小さな国の民だったが、そこは以前の王国のように貧しい土地で占められた国だった。彼らは医学や薬学の豊富な知識を持っており、王国から薬草の原料を調達し、それによって作られた薬を王国が買い取るなどして古くからつながりを持っていた。彼らと我々は信仰する神は違ったが、言葉や文化は同じだったため、互いに同盟を結び、王国の土地に彼らは移り住んだ。そして長く手を取り合って王国の繁栄を支えてきた。


 しかしあの当時の王の行いにより、彼らの古くから住まう土地を失ってしまった。当時の彼らは大災害を引き起こした女神の魔力を敵視した。そして女神から力を与えられた王家に恨みを持った。


 時は経ち、建国の歴史を知る者が彼らの中にいるのか否かはわからない。しかし今もあの民族の血を引く勢力は、魔力が国に不幸をもたらすと信じ、強い魔力を持つ王家を滅ぼそうとしている。


 これが反王家派が生まれた経緯と、彼らが王家を狙う理由だ。」


 殿下が話を終えても、部屋は重い空気で包まれている。


「このことを知るのは王と王妃、そして次代の王となる王太子だけだ。立太子されると、王太子は王家の禁書の中でも、特に厳重に管理されている建国神話の書を読むことを許される。そしてこの事実を胸に、国政を正しく導くことを求められるのだ。通常王妃は婚姻後、この事実を王の判断で直接伝えられる。」


「私は聞いてしまってよろしかったのですか?」

 まだ婚約者の立場だ。これほどの機密事項を、殿下の判断だけで話すのは許されないだろう。

「君はすでに彼らから危害を加えられた。話しておいたほうがいいだろうと、陛下と話し合った結果だから大丈夫だ。過去にも事前にこの話を聞いた王妃は何人か存在する。婚姻が白紙になってしまった場合は、この記憶は消去させてもらうしかないんだけどね。」


 記憶消去の魔法か。それも王家のみに受け継がれる禁術だろう。どんなものか聞いたこともない。できれば受けたくはない。


「王妃の中には、反王家派の存在だけを知り、詳しい経緯は何も知らぬ者もいれば、王と同じ知識を持つ者もいる。この歴史をどれくらい相手に伝えるかも、王の判断に任されるからね。私は私が知ることは全て君に話した。君に重荷を背負わせてしまうようで申し訳ないが―――どうしても知っておいてほしかった。」

 殿下の表情は苦しいままだ。どれくらいの苦悩を経て、私にこの話をすると決めたのだろう。



 王家の男性は昔から愛情深く、妃となった女性をとても大切にすると言われてきた。他国ではまだ一夫多妻の制度を取る国も少なくないが、王国は建国当初からずっと一夫一妻制だ。


 年頃を迎えてからの婚約者選び。

 身分差を超えた婚姻。

 婚約白紙の歴史も何度か記録に残されている。


 それは愛の女神の信仰を重視してとの見方もあったが、王家の結婚に対する気質も大きく影響していたのだろう。



 そして、王国において魔力が重視されない理由―――

 魔力を与えてくれた女神の加護を失っているのだ。徐々に国から魔力が失われていくのはある意味当然の流れだろう。それでも王家に強く魔力が残るのは、最後に加護を受けた妃の血のつながりか。それとも女神から魂への戒めを受けた王子の子孫ゆえ、か。



「……殿下はこのことを知った時どう思われましたか。」

 私の口から零れ落ちたのは、一つの疑問だった。


「正直言うとショックだったね。この魔力は女神の加護だとずっと思ってきた。自分の受け継いだ魔力に、そんな過去があったとは思いもしなかったからね。同時にこの先何が起ころうとも、私は完璧な国政ができるようもっと努力しなければならないと焦りも感じたよ。」


 殿下の想いは当然のものだろう。

 私もこの話を聞いて大きなショックを受けている。


 王国は女神の加護で守られている。だからこの国は大丈夫。


 前世の理論を持ってすれば、その考えは現実的ではないと当然頭で理解している。ただ魔法も存在している現世であれば、神も存在すると、神に祈れば苦難も乗り越えられる、漠然とそう信じる心も私にはあった。

 この世界で生まれ育った殿下であれば、その思いはひとしおだっただろう。


 彼はどれほどのプレッシャーを抱えているのだろう。

 過去の王家の失態を恥ながら、もしこの先この事実が表に出た時には―――彼は王家への批判も、女神の加護を失くした民の不安も、一心に背負う覚悟がいるのだ。


「フィリップ殿下…」

 私はそっと彼の手を握る。そしてともに祈る気持ちで目を閉じる。


「私はこれから先、何があってもあなたの味方です。―――たとえ王国中があなたを非難するようなことがあっても、私は必ずあなたの隣で、時には盾になってあなたを守ります。」


 彼の痛みが少しでも和らぐよう、必死に祈りながら言葉を紡ぐ。




「君は本当に……」

 殿下の声に顔を上げると、泣きそうな顔をした殿下がこちらを見ている。握っていない手が私の頬に触れ、そのまま目に伝うものをぬぐってくれる。



「お願いだから盾になどならないで。私が君を守りたいんだ。そのかわりずっと私のそばにいてくれ。たとえ私が倒れる日が来たとしても―――それだけが私の願いだ。」


 殿下の言葉に、涙が次々と溢れ、頬を伝っていく。

 まるでプロポーズのような、愛の告白のような言葉だ。

 そんなわけはないのに。



「殿下…」

 彼の気持ちが知りたい。

 その思いが言葉になりそうになったとき、



 チリンッ。

 鈴のような音が鳴る。

 ハッと我に戻り、互いの距離が離れる。


(危ない。何を言おうとしていたの、私…。)

 勘違いしてはいけない。

 彼が求めているのは王妃としての私。王妃として隣にいることを望んでいるのだ。


(愛ではない。愛するという感情とは関係ない。)

 何度も自分に繰り返す。




「ジェイクか…。話の邪魔をしないように言っていたが、どうやら急ぎの用らしい。申し訳ないが、一度この話はここで終わりにしよう。」


「わかりました。では急ぎジェイク様を―――」


 その時ドアのノックが鳴る。

「すいません、急ぎお耳に入れたいことが!陛下からもお話があるようで、呼び出しが来ております!」

 珍しくジェイク様の焦った声が聞こえる。


 そのまま殿下が入室を許すと、慌ててジェイク様が部屋に入る。


「では私はこれで失礼します。」

 私がいてはと急いで退室しようとしたが、「レイシア様もそのままお聞きください」というジェイク様の声で呼び止められる。



「実は次の夜会、隣国のサハラ国のゲストとして第一王子がいらっしゃる予定でしたが―――加えて第二王子とそのパートナーもいらっしゃると連絡がありました。」


「第二王子?かの国は王子は第一王子のみで、あとは王女ばかりだと記憶していたが……。第二王子の名は聞いたことがないな。」

 サハラ国はハーレム制を取っている国で、現国王の子は多いが、男子である王子は一人だけだったはずだ。



 ジェイク様は自らの動揺を抑えるよう、一度大きく息を整えて言葉を続ける。

「その第二王子が……以前我が国で影の任に就いていたダンなのです。そしてそのパートナーは―――聖女様です。」


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