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目覚めて数日。
未だに私はベッドの住民だった。
「もう健康体ですよ~」
「なんなら体が鈍り過ぎて、あちこちカチコチですよ~」
「少しでも外の空気を恵んで~」
と周りにアピールしてみても、皆一様に「フィリップ殿下の許可が降りません」の一言だ。
フィリップ殿下はというと、あれから日中はほとんど顔を見ていない。たまに伝達事項があって部屋にいらっしゃることがあっても、侍女とほんの少し会話をしたら挨拶だけして早々に部屋を去ってしまう。
忙しいなら仕方がない。しかし、どうやら私が眠っている間に私の部屋に来ているらしい。夢うつつに毎晩誰かに頭をなでられている感覚があり、ある時侍女に尋ねたのだ。すると毎晩、殿下は眠った私の様子を見に部屋を訪れ、そのまましばらくベッドの横に居座っているらしい。
婚約者とはいえ淑女の部屋に夜に侵入とはどういうことかと思うが、どうやら解毒の予後観察を兼ねているらしい。そういわれると文句も言いづらい。今更な気もするが、寝顔も見られたくないし、寝ているときでなく日中にしてほしいのだが。
*****
そうやって不満をそれとなく侍女に漏らしていたおかげか、一週間経ってようやく殿下から日中の散歩くらいならと許可が出た。
(あ~~~~~~!外の空気さ・い・こ・う!!)
表には決して出せないが、心の中では、大空に向かって大きく伸びをしながら叫びたい気分だ。
久しぶりの外の景色は感無量だ。今日は天気も良いし、このまま外でお茶をいただく予定だ。
らんらん気分で庭園を歩いていると、前方にフィリップ殿下の姿を見つける。まさかこの時間に庭園にいるとは思わなかった。日中顔を合わせるのは久しぶりだ。
「フィリップ殿下、ごきげんよう。」
目を合わせて軽く挨拶をする。
するとこちらを見ていたはずの殿下は、なぜかすぐ顔を背けてしまった。
「久しぶりだね。今は散歩の時間かな。」
返事を聞く限り、不機嫌なわけではないようだが、なんだか以前とは違う態度に違和感を感じる。
「はい。これから少しお茶をいただいて、すぐに部屋に戻る予定でした。」
もしかしてまだ外に出るのはあまりよく思われていないのだろうか。 長居はしないとアピールしがてら、これからの予定を伝える。
「それなら私もお茶をともにしてもいいかな。―――少し話したいこともあってね。」
突然の殿下からのお誘いに驚いた。最近日中顔を見ないから、よほど政務が重なっていると思っていたのに。
断る理由もないため、そのまま二人でお茶の席へと向かう。
*****
席に着くと殿下はすぐに人払いをする。
「しばらく話す時間も作れなくてすまなかったね。あれから立て込む案件が多くて。」
「かまいません。お忙しいのは当然のことだと承知しております。」
忙しいのはあの事件を調べているからだろう。私にも関わることだ。殿下の負担が増えて申し訳ない。
「君もあの事件の顛末が気になっているかもしれないと思って、わかっていることだけでもまずは伝えておこうかと思ってね。まず例の令嬢についてなのだが、どうやら彼女は精神が触れてしまっているようでね。取り調べにはまだ時間がかかるようで、なかなか情報が引き出せないのが正直なところだ。
ただ彼女のいた子爵家から反王家派との関わりが読み取れる手紙が発見された。使われた毒からも推察されていたが、今回の事件は反王家派の人間が私を狙って起こした事件とみて間違いなさそうだ。」
やはりそうなのか。反王家派については、以前から宮廷内でも問題になっていると父から聞いたことがあった。殿下が直接襲われるなど、とんでもないことだ。
それに漫画の中ではそんな物騒な集団は出てこなかった。漫画がこの世界の全てを書き表しているなんて思ってもいないが、こんな大きな事件を引き起こす組織に少しも触れられていなかったというのも気がかりだ……。
私が自身の考えに浸っていると、
「君を巻き込んでしまって本当に申し訳なかった。」
殿下はそう言って深く頭を下げた。
「殿下、私のような目下のものに頭を下げないでください!」
突然の殿下の謝罪に驚いてしまい、慌てて殿下に頭を上げてもらうよう懇願する。こんな場面誰かに見られたら大変だ。
「反王家派の問題は王家にとって切り離せない問題だ。王家に嫁ぐ妃には、婚礼前に必ずその危険性を伝える。先日もそのことについて謝罪しようと思っていたのに、気が動転していて説明もできず……申し訳なかった。」
先日とは、目覚めた日に抱きしめられた時のことだろうか。
あの光景が頭に浮かんで、顔がほてってくる。慌てて心の中で深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
「殿下、私はそのようなこと気にしてはおりません。先日は私もまだ意識がぼうっとしておりまして、ろくに殿下にお話しをしていただく姿勢も見せられず……その……あの時は……」
努力も無駄に、シドロモドロになってしまう。
「今日は反王家派について話せることを伝えておきたい。といっても私たちも全てを知っているというわけではないのだが……。
―――反王家派が生まれた原因と推測される歴史が王家の禁書の中に残されていた。まずはその話をしたい。少し長くなってしまうため、回復したばかりのレイシアの負担にならないか心配なのだが……。」
「私なら大丈夫です。」
実際、体はピンピンしている。少々運動不足ではあるが、健康体だ。
「では場所を移そう。これからする話はさらに機密性の高いものになるから。」
そう言った殿下に従って、私たちは殿下の執務室へと移動した。




