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「し、失礼致しました。」
殿下の突然の発言に、思わず淑女ならぬ声を出してしまった自分を、必死の思いで立て直す。
「殿下、私の聞き間違えでしょうか。婚姻を……と聞こえた気がしたのですが。」
(嘘ですよね、嘘と言って。)
「間違えない。もう一度言うよ。
レイシア嬢。私と婚姻を結び、我が国の王太子妃となってほしい。」
まっすぐこちらを見つめたまま、殿下ははっきりとそう伝えてきた。
(おうっ。聞き間違いじゃなかった。さすがにもう一度は聞き返せない。
でもおかしいわ。だってこの世界は―――)
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この心の声の崩れた話し方からお察しのことだが、私には前世の記憶がある。
ちょうど5歳になる頃、幼い私は数日に渡って高熱に苦しんだときがあった。その苦しみの中、自分の記憶の中に別の誰かのものが混ざっていると感じたのだ。
熱が治まりそのことをよく思い起こしてみると、おそらくあれは私の前世での記憶なのではないか、という結論に至った。
前世での死ぬ間際のことは覚えていない。ただ日本という国に住み、社畜気味な会社員生活を20代後半まで送っていたということは覚えている。自分や周囲の人のはっきりとした容姿や名前は思い出せないが、普通の平穏な家庭で育ち、社会人としてそれなりの暮らしを送っていた。
20代のまだまだ若い年齢で記憶が途絶えているということは、何かしらの事情で、前世で命を終えたのだろう。
しかしあまり悲壮感はなかった。死に際の記憶がないせいか。それとも思い出したときには自然と侯爵令嬢である自分の記憶となじみ、まるでテレビを見ているかのような感覚で自分の前世を見ていたからだろうか。
なんにせよ、なにか前世の記憶を使ってチートな生活を送ろうといったような野心もなかった私は、その後も変わらず侯爵令嬢としての生活を悠々と続けていった。
あの日この国を揺るがす大事件が起こるまでは―――




