表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/47

19 フィリップside

 執務室に戻るとすぐに、執務の補佐をしているジェイクに声を掛けられる。

「例の子爵令嬢ですが、取り調べにもあの訳のわからない文言を繰り返すばかりで、全く話が進まないようです。彼女から毒の元手を辿るのは難しそうですね。」


 近衛に拘束された時から、令嬢はこちらにはまるで身に覚えのない言葉ばかりを喚き散らしている。


「彼は私を愛してる」「私は愛されている」「結婚するのは自分だ」「手に入らないならいっしょに死んでやる」―――


 彼女に会った覚えがあるのは、前回の王宮の夜会くらいだ。招待された貴族たちに一通り挨拶をしていた際に、視界の隅に入った記憶がある。本当にただそれだけだ。


「元子爵令嬢だ。今回の凶行で子爵家の取り潰しは確定だ。子爵家の屋敷をひっくり返してでも、ありとあらゆる書類を探れ。ただの令嬢があの特殊な毒を手に入れられるわけがない。どこかで反王家派とつながっている可能性がある。……あの家は最近貿易量が急激に増えていた。貿易関連の書類を重点的に探れ。」


 元子爵家は西側諸国との貿易にも手を広げていたようなので、先日の会議に召集したが、会議の中でもその内容に辻褄が合わない部分が多かった。業務の実情が、国への報告とは違う可能性もある。


「すぐ取り掛かるよう伝えます。」

 ジェイクが書類をまとめて、次の案件の報告へと移ろうとしたとき、ドアのノックが鳴った。


 ジェイクが訪問者を確認するため、一度部屋を出る。

 すると、すぐに王弟でもある叔父とともに戻ってきた。



 あの後、医師は魔力量による毒の作用の違いについて、叔父に意見を求めに行っていた。

 叔父は、今は公爵家当主として王宮からは離れているが、以前から魔力に関する研究に力を入れており、魔力が関係する問題が起こる度にこちらに足を運んでくれる。


「先触れもなくすまないね。ちょうど陛下に報告する案件があったから、君のところにも寄っておきたくて。」

 そう言って叔父はソファに腰掛ける。

 ジェイクはお茶を用意するため、席を外したようだ。


「かまいません。今回の件でもご協力いただいてありがとうございます。」

「あの毒が使われるのは初めてのことだからね。回収した毒薬に魔力を注いで検証してみたが、やはり魔力量が少ないほど毒の作用は低くなりそうだ。本当は実際にレイシア嬢を診察して、彼女の魔力量を確かめてみたいところなんだが……」

「許可できません。」

 はっきりと断る。


 ただでさえ彼女の体はまだ回復していない。それに加えて、さらに精神的な負担までかけるわけにはいかない。

 彼女を叔父と会わせたくもないし。


 叔父は断られることは想定内だったようで、全く気にしていない様子だ。

「そういわれると思ったから諦めたよ。陛下にも止められたしね。引き続き毒薬の解析を急ごう。今の解毒剤は魔力量の多い人間には効果はまだまだ薄いだろうしね。」


 解毒剤の話が出たところに、ちょうどジェイクが戻ってきた。

「しかしレイシア嬢に解毒剤が効いて本当に良かったですね。やはり一般貴族の魔力量は以前より減少してきているのでしょうか。大規模な検査はしばらく行われていませんし……。」

「あれは精神に負担がかかるからね。」


 魔力量の検査は、検査のために他者の魔力を体内に取り入れて自身の魔力回路を巡らせることで測ることができる。その過程で自身の精神を奥底からかき混ぜられるような感覚に陥って、とても不快感と疲労感を覚えるのだ。

 直系の王族は定期的にこの検査を受けることが義務付けられているが、一般貴族では一部の高位貴族くらいだ。魔力量が貴族社会であまり重視されていないのも、検査を必要としない一つの要因となっている。


「あの毒で生き残ったレイシア嬢のことは気になるところだけどね。」

 叔父はまだ完全には彼女を諦めていないようだ。


「世話をする一定の者以外とは、レイシアはしばらく面会謝絶とします。」

 諦めの悪い叔父には釘を指しておかねばならない。


「君がそれを決めるのかい?」

「彼女は私の婚約者ですから。それに陛下にもすでに許可は取っています。」

 これは事実だ。今回の襲撃は私に対するものではあるが、彼女は私の婚約者であり、また次も狙われる可能性はゼロではない。特に回復するまでは接触するものはできる限り少なくするべきだというのが、陛下と私の総意だ。


 有無を言わせない私の視線に、叔父もそれを受け入れたようだ。

「僕は引き続き毒の解析に努めるよ。君も身辺には十分気をつけるように。

―――反王家派の動きも最近活発になっているようだ。」


「承知しております。叔父上もどうか気をつけて。」


 叔父は「わかってるよ」と手を振ると、そのまま部屋を出て行った。

 叔父は少しおどけた態度を取ることもあるが、いつでも冷静な判断力を持ち、性格も穏やかで、父や周りからの信頼も厚い。ただ私は聖女との旅の同行者でもあった叔父と面と向かって話すのは、実はまだ少し気まずい。

 そして彼は独身だ。レイシアに叔父をできる限り近づけたくない。



「叔父があのまま帰るか確認するよう近衛に伝えろ。あと今後レイシアの部屋に入る者は精査するように。」


 ジェイクにそう指示して、積まれた仕事に再び取り掛かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ