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18 フィリップside

 レイシアの部屋のドアを閉め、足早に自分の執務室へ戻る。


「近衛は少し後ろからついてきてくれ。」

 今の顔を誰にも見られるわけにはいかない。顔が熱くて仕方がない。




*****

 あの日、彼女が目の前で崩れ落ちていくのを見て、一瞬頭が真っ白になった。

 そして次の瞬間には、言葉では言い表せないほどの怒りで、目の前が真っ赤に染まった。


 腕に彼女を抱えていなかったら、あの場で自分があの令嬢をたたき切っていたかもしれない。理性的だと思っていた自分にそんな一面があるとは思わなかった。

 腕の中の彼女は、切られたのは腕だけのはずなのに、ぐったりと全身から力が抜け、顔色どころかドレスから見える手足を見ても血の気が引いて、呼吸がひどく荒い。


 すぐに部屋に運ばれ、医師によって処置が施されたが、やはりナイフに毒が塗られていたらしい。さらにそれが非常にやっかいなものだった。


 バティリオと呼ばれるその毒は、魔力を持つ者の命を奪うためのものだ。所持している魔力の量が多ければ多いほどその可能性は高くなる。


 魔力の根絶を訴える反王家の一派が、以前事件を起こした際に持っていたものと同じものだ。解析は進めていたが、王国では手に入らない毒草も使われているのか、解毒方法はまだ完全には確立されていない。


 レイシアは魔法の行使はできないものの、体内には魔力が巡っている可能性が高い。ひどく苦しむ姿を見て、その場に居たものは回復は絶望的だと考えた。



 何度も何度も名前を呼んだ。

 目を開けてくれと叫んだ。


 完全ではないが、以前押収した毒を元に作られた解毒剤を飲ませ、あとは天に祈ることしかできなかった。



 彼女の領地にもすぐに伝令を送ったが、知らせを受けた彼女の父は、ショックのあまり体調を崩して倒れたようだ。目が覚めて王宮に強行しようとしたところを、今は主治医に物理的に引き止められているらしい。まだ幼い弟には伝えないよう指示をした。


 彼女の隣の部屋を一時的な執務室とし、時間を作っては彼女のベッドの横に座り、その華奢な手を握る。危険な状況は変わらなかったが、あれから数日経ってもあの毒が彼女を死に至らすことはなかった。体内の毒素と解毒の作用が、体内で戦っているのだろうと医師は言う。


 何度も彼女に語り掛け、何度も目を開けてくれと訴える。




*****

 彼女が眠りについて一週間。

 日が経つにつれ呼吸は安定してきたが、まだ目を覚ます様子はない。


 いつものように彼女の手を取り、呼びかける。



 すると今朝は彼女の手がわずかに動きをみせる。


 驚いて顔を見れば、彼女の目が開いている。

 意識が朦朧としているのか、うつろな瞳でこちらを見た後、


(でんか)

 口が動いた気がした。



「レイシア!」

 慌てて彼女の名を呼ぶ。そうしなければ、また彼女の目蓋が閉じてしまうのではないかと恐ろしい。


 控えていた侍女も慌てて医師を呼ぶため部屋を出ていく。

 医師が到着するまで彼女の意識が消えてしまわないよう必死で呼びかける。

 その後、医師が到着したことにも気づかず、いくら声を掛けられても彼女から離れることがなかった私は、医師と従者に引きずられて部屋の外へと追い出された。




*****

 医師の診察が終わり、部屋に戻ると、以前より少しやつれた彼女がベッドに腰掛けている。


 ただそこに彼女がいて、目を開けて、声を発している。


 それだけで奇跡を目の当たりにしているような感覚で、無意識に視界が涙でにじむ。



 彼女は真剣に医師の話に耳を傾け、何か考え込んでいるようだ。


 出てくるのは物騒な話ばかりだ。それを聞いた彼女の体に負担がかからないか不安を覚える。




 彼女は考え込んだままだが、医師の話が終わったため人払いをする。部屋の中には私と彼女の二人だけだ。


 王家の厄介事に全く説明もないまま巻き込んでしまったことに、なんと詫びればいいのか考える。

 なかなか言葉が出ないでいると、彼女のほうから突然謝罪の声が聞こえた。その声に反応して顔を上げた私とは逆に、彼女は勢いよく頭を下げる。



 君は何も謝ることなどないのに


 僕が君を選んだから


 なんで僕をかばったんだ


 自分の命を投げ出すような真似を



 いろんな思いが一気に頭の中に溢れてきて、気づけば私は彼女をきつく抱きしめていた。




「目覚めないかと思った。」

 声が震える。


 もう二度と会えないかもしれない。

 声も聞けない。

 わざと澄ました顔をする、あの少し生意気な笑顔を、

 誰かを見守るときのあたたかなあの微笑みも、

 全て失う。

 それが一番恐ろしかったのだ。



 もう一度彼女は謝罪の言葉を紡ぐ。

 もう二度とあんな思いはごめんだ。


 それなのに彼女は約束をできないという。

 私がもう一度否定すれば、彼女は小さな子どもの我儘を聞いたように笑うだけだった。



 そして心底安堵したようなあたたかな口調で、「僕が無事で良かった」と言うのだ。




 その瞬間、私の中に電撃が走るような衝撃が走った。


 この感情をなんと表現したらいいのかわからない。


 彼女を余計離したくなくて、思わず腕に力をいれてしまう。



 彼女を離したくない。

 失いたくない。

 常に自分の腕の中にいてほしい。

 いなくなるようなことになれば―――何もかも全て壊してしまいそうだ。


 この自分の中のどうにもならない感情はなんだろう。これまでこんな感情は味わったことがない。急激な感情の高ぶりに、自分が恐ろしくなった。



(彼女から離れなくては。)

 自らを奮い立たせて腕の力を抜く。彼女に退室の挨拶をして、足早に部屋を出た。彼女に今の自分の顔を見せるわけにはいかない。


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