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 体がピクリとも動かない

 指の先一つも動かせない

 まるで泥の中に沈められ、上から押さえつけられているみたいだ

 呼吸もし辛い

 泥の中にいるはずなのに、体の中が燃え上がるように熱い




 時折名前を呼ぶ声が、

 目を開けてくれと乞う声が聞こえる

 だったら私を引き上げてくれ

 こちらは目蓋一つも動かせないのに




 聞こえてくる声に文句をこぼしているうちに、だんだんと体の熱が冷えてきた

 体にまとわりついていた泥も、少しずつさらさらと水のように変わっていく

 手足が自由に動かせると感じた時、ようやく目を開けることができた―――




*****

 そっと目蓋を開ける。

 目に入ってくる白い光がまぶしい。

 光に目が慣れてきたとき、真っ先に目に入ったのはキラキラとした美しい金色だった。



(でんか?)

 声に出したつもりが音にならない。



「レイシア!目が覚めたのか!?」

 私の目が開いたことに気づいた殿下は、必至の形相でこちらを覗き込んでくる。周りの人々も慌ただしく動き出し、まもなく到着した医師に殿下は無理やり部屋から追い出された。




*****

「しばらく眠っていたせいで筋力は落ちているようですが、体の機能はどこも損ねていないようです。」

 医師の診察結果を聞き、皆が驚きと安堵の表情を浮かべている。

 腕をナイフで切りつけられただけだと思っていたが、なんとそこには特殊な毒が塗られていたらしい。魔力に反応する毒らしく、魔力を多く持つ者がその毒を受ければ命を失う。直系の王族がそれを受ければひとたまりもない。


 祖先を遡ればほとんどの貴族が魔力を有している。ただ現在ではその魔力も薄まっているし、私は魔法も幼い頃に使えなくなっている。

 体内にある魔力が極端に少ないおかげで、私は助かったのだろうと結論づけられた。「少ない」のではなく、「全くない」が正しいと知っているのは私だけだ。




 医師の説明が終わり、控えていた侍女たちも部屋を出ていくと、フィリップ殿下だけがその場に残った。


 改めて彼の顔を見ると、明らかにやつれた様子をしている。


 先ほど着替えをさせてくれた侍女に聞いたが、殿下は私が眠っていたこの一週間、ほとんどの時間を隣の部屋で過ごし、昼夜問わず私の様子を確認しに来ていたらしい。この様子だとほとんど寝ていないんじゃないだろうか。




「殿下、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」

 王族をここまで弱らせてしまったのだ。あまりの申し訳のなさに、頭を思い切り下げて謝る。



 すると突然体を引き寄せられ、温かい腕の中に閉じ込められた。



「もう目覚めないかと思った…。」

 殿下の消え入りそうな声が耳元で聞こえる。私を包む腕は震えている。


 目の前で自分をかばうように出てきた婚約者が倒れたのだ。誰でもこの状況になれば憔悴するだろう。



「申し訳ありませんでした。」

「もう二度としないでくれ。」

 すぐさま返ってきた返答に不謹慎にも笑ってしまった。


「それはお約束できかねます。」

 王族の危機を、身を持って制するのは臣下の務めでもある。


「絶対にダメだ。二度とさせない。」

 次の言葉はそれまでになく語気が強かった。


 殿下の気持ちをそう何度も否定はできない。思わずまた苦笑がもれる。



 頬を寄せる胸からは殿下の心臓の音が聞こえる。この胸の鼓動が止まるようなことにならなくて良かった。自分だから生き残れたのだ。



「殿下が無事でよかった……。」



 心からの安堵の気持ちをつぶやくと、腕の力が一層強くなった。




*****

 しばらくそうしていたが、やがて殿下の腕の拘束は緩まり、私は彼の腕から解放された。少し残念に感じたのは何かの気のせいだろう。


 殿下はうつむいたまま、「ゆっくり休んでくれ」と言い残すと、足早に部屋を出て行った。




(殿下の顔見たかったな……)


 見たところで何が変わるわけでもないのに、無意識にそんなことを考えていた。


(ダメだ!しっかりしろ!)

 自分に喝を入れる。



 殿下と私はあくまで契約結婚。

 愛はない。愛さない。愛されない。


 殿下が親切なのもあんなふうに心配してくれるのも、私が将来王妃の役目を立派に果たすことを期待してのことだ。


(線を間違えないように。)


 新たな決意を胸に、私は枕に顔を突っ伏した。


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