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「王妃様、失礼いたします。」

 侍女が王妃様の耳元で何かを囁く。


「あら、わかったわ。みなさん、ごめんなさい。私は今日はこれで失礼するわ。しばらく席はこのままにしておくから、みんなで話を楽しんでね。」

 そう告げると、みんなの惜しむ声を聞きながら、王妃様は広場を去っていった。



 王妃様が席を外したことで、茶会の場は少し空気が緩んだようだ。

 王妃様は穏やかな優しい方だが、それでも王族。目の前にしていればおのずと緊張は走る。


 王妃様が場を後にしても、しばらくは穏やかな空気で他愛ない話が続いていたが、急に同じテーブルにいた年若い侯爵家の令嬢が声を上げた。


「レイシア様。失礼ですが、レイシア様はフィリップ殿下とご婚約をされたのでしょうか?」


 あまりにも率直な聞き方に驚いてしまう。

 とっさに扇で口元を隠す。

「レガール侯爵家のマリア様でいらっしゃいますね。先ほど王妃様がお話されたことが全てですわ。私からそれ以上申し上げることは何も。」

 遠まわしな言い訳でごまかすしかない。


 王妃様がはっきりと婚約を宣言しなかった以上、この場ではあれ以上の発言はできないのだ。社交界に慣れた令嬢やご夫人たちはその暗黙のルールをよく理解している。理解した上で、私がすでに正式なフィリップ殿下の婚約者であると認識して接しているのだ。



 しかしデビューしたての侯爵家のご令嬢には、それは理解できなかったらしい。


「フィリップ様は……登城してお会いすることがあれば、いつも優しく私にお声掛けしてくださいました。聖女様とご婚約を解消されたことは最近父から聞きましたが、こんなに早く再婚約が決まるなんて普通はないはずです……。婚約の決まっていない貴族の娘の中で、私が一番あの方に近いと思っていたのに……。」

 マリア様はうつむきながら、思いの丈をせきららに語ってしまっている。声が小さいため他のテーブルには聞こえていないようだが、同じテーブルのご令嬢やご夫人はあきらかに目元を歪ませて、その話を聞いている。


 王妃様直々に紹介をした、王太子殿下の婚約者を前に言うことではないのは明らかだ。特に結婚が決まっていない令嬢の中で自分が一番とは……。


 我が家と彼女の家では爵位こそ同じだが、その歴史の深さが全く違う。我が家は古くから王家の忠臣として仕えていた名家であるのに比べ、彼女の家は近年貢献が認められ侯爵家に格上げされた家。明らかに我が家のほうが格上なのである。


(まあ私は長く領地に籠っていたし、この年で婚約が決まってもいない名家の貴族令嬢なんて早々いないから……)


 彼女が勘違いしてしまうのもわかる。


 そして彼女はフィリップ殿下に好意を抱いていたのだろう。だからこそフィリップ殿下は彼女を婚約者には選ばなかったのだろうが。加えて彼女はどうやら私が聖女様を追い出して、無理やりフィリップ殿下の婚約者に収まったと思っている節がある。



 聖女様が城を抜け出したと知っているのは、今でもごく一部の要職に就いている高位貴族だけだ。もちろん緘口令がひかれている。

 次に一部の高位貴族には、聖女様は旅での浄化魔法の酷使で体調を崩し、一時王領の離宮にて静養をとっていただが、体調がなかなか回復せず王太子妃は辞退。今も静養中と伝えられている。もちろんこちらも緘口令がひかれている。彼女は後者の事情を知ってしまったのだろう。



 この先にある夜会で、聖女様の失踪を療養と偽って、全てを発表することになっている。その際に新しい事業についても併せて発表することで、少しでも下位貴族と民の不安を和らげたいと、事業の計画を今も急いで進めているのだ。

 もちろんその際に、新たな婚約者である私への批判も出るだろうというのは想定済みだ。そういった面倒事も全て含めての契約婚である。




(とにかくこの場は彼女を止めないと。)


「マリア様、一先ず落ち着いてくださいませ。せっかくの茶会の場ですから……」

 騒ぎになるのは防ぎたい。なんとか場を落ち着けようとする。


「マリア様!もう聞いていられません!」

「レイシア様に失礼です!」

「そうですわ!」

 まずい。他の令嬢たちが参戦し始めた。


「王族の方の婚姻に意見するなど考えられませんわ。」

「自分が一番の地位だなんて勘違いも甚だしい!」

 次々に令嬢たちがマリア様を責め立てる。


 マリア様も自分がまずいことを言った自覚はあるようだが、引っ込みがつかないようだ。このまま騒ぎが広がれば他のテーブルにも話が広がり、ますます彼女は窮地に立たされる。



「みなさん。」


 少しだけ声を張って、声色を厳しくして呼びかければ、皆一様にこちらを見る。


「どうか落ち着いてくださいまし。私、マリア様がおっしゃったことはまったく気にしていませんわ。」

 にっこりと微笑みながら続ける。


「かの方が私に誠実でいてくださっているのは確かなことですし、私自身全くやましいと思うこともないのですもの。」

 溢れんばかりの笑顔を浮かべて言い切る。


「それよりマリア様のお話は貴重だわ。私、みなさんがご存じの通り先日まで領地におりましたから、王宮でのかの方のお姿をまだあまり知らなくて…。かの方はどなたから見ても素敵でしょ。我が家に迎えに来てくださった姿を、幼い我が弟が見た時にも弟が頬を染めて恍惚とした顔をしていたのを、マリア様のお話を聞いて思い出しましたわ。その時の弟の表情は、思わず笑みが零れてしまうほど、心和むものでしたの。マリア様も同じお気持ちなのかしら。ぜひまた、かの方のお話を聞かせてくださいね。」

 幼い弟の話を出してしまったせいで、暗にマリア様を揶揄ってしまったような形になったが許してほしい。



「そういえばサラ様は先日ご結婚なされたばかりなのでしょう。普段とは違う旦那さまのお姿を見て、ときめいてしまわれるなんてこともおありなのでは?」

 頬を染めて恥じらう表情で、隣のご夫人に話を振る。無理のある力業だが、強制的に話を惚気話へと向けてしまおう。話を振られたご夫人も恥じらいながらも語り始める。マリア様も沈んだ顔をしているが、もう話を蒸し返す気はなさそうだ。



(良かった。)


 この場で話が広がれば、格下の令嬢に非難された私も多少はダメージを受けるだろうが、彼女のほうがより被害が大きい。最悪もう社交界に顔出しできなくなってしまうだろう。我が国の貴族はとりわけ上下の関係に厳しいから。




「レイシア」

 ほっとしたのも束の間、背後から私を呼ぶ声がする。この数日ですっかり聞きなれたその声に振り向くと、そこにはいつもと変わらぬキラキラと輝かしい王太子殿下が立っていた。



「フィリップ殿下!」

 その場の皆が突然の王太子殿下の登場に驚いたが、すぐに立ち上がり礼を取る。


「どうか楽にしてほしい。私はただ麗しいこの彼女を迎えに来ただけだからね。」


 微笑みを浮かべながらこちらに近づき、私の手を取ってそっと口付ける。

 あまりにもよくできたその光景に、思わず見ている者は皆頬を染めてしまう。


 私も例外ではない。

 そもそも今日はフィリップ殿下が茶会に顔を出す予定はなかった。突然の登場と甘い言葉につい冷静さを失ってしまう。


「――殿下!突然いらっしゃって、みなさんが驚いていらっしゃいます。どうか手を……」

 殿下に握られたままの手をなんとかしてほしい。顔が熱くなるのを止められない。


「実は少し話したいこともあって来たんだ。どうかこのままエスコートさせてくれ。」

 そう言われ、手を引かれれば従わざるをえない。



 同じテーブルの令嬢たちに離席のお詫びを伝え、そのまま殿下に手を引かれてバラ園を出る。去り際に見たマリア様も顔を真っ赤に染めて、こちらを見つめていた。


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