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「うーん!」
侯爵邸とは比べ物にならないくらいふかふかのベッドの上で、大きく伸びをする。王宮に来てから数日経ったが、寝起きは未だに「ここはどこだっけ?」と周りをチョロチョロしてしまう。
あのアレク殿下襲撃事件の初日からは考えられないほど、この数日は穏やかに過ごしている。まあ王太子妃教育として、候補の時には学ばなかった内容を詰め込まれる日々ではあるが。
(いつの世も対人関係より疲れることはないのよね。)
もう一度大きく伸びをして、ベッドから飛び降りる。
(でもそういう意味では今日は気合いを入れ直さないといけないわ。)
今日は久しぶりに王宮での茶会に参加する。新たな公共事業についての会議が王宮で行われるのだが、夫や父親に付き添った令嬢たちに、ご挨拶がてら、先に婚約についてふわっと伝えておこうという作戦だ。
正式な婚約発表は、近々行われる他国も招いた大きな夜会で行われるが、その前に国内の有力貴族たちにはそれとなく婚約を広めておきたい。
なんといっても急に決まった婚約。しかも王太子殿下の相手は、近年社交界から遠ざかっていたこの私だ。いくら古くから続く由緒正しい侯爵家とは言え、令嬢本人の素性が不確かな状態で、いきなりの夜会登場はいささか不安が残る。
この茶会を提案してくれた王妃様からも「ばっちり決めましょうね」と釘をさされてしまった。午後の茶会にむけて、朝食が終わればすぐ戦闘態勢に入ることになるだろう。
(お化粧もきっついコルセットも苦手なんだけどなぁ。)
チラッと横を見れば、部屋の隅に控えた目をギラギラさせた侍女たちが視界に入る。―――逃げられないことを悟った。
*****
美しく整えられた王宮の庭園。この道の先には、それはもう見事なバラたちが咲き誇る広場が広がり、その広場に茶会の席が設けられている。
侍女たちが腕によりをかけて頑張ってくれたおかげで、今の私は百倍増しでキラッキラの美しい令嬢へと変貌していることだろう。着ているドレスは、あくまで昼の茶会にふさわしいように肌の露出こそ少ないが、細部にまで繊細な刺繍が施され、腰から裾にかけては美しいグリーンのグラデーションが広がった、気品溢れるものになっている。化粧も華美で可愛らしくというよりは、ドレスに合うよう、煌びやかな中にも落ち着いた雰囲気がただよう大人メイクを侍女たちが盛りに盛ってくれた。
あとは私がこれにふさわしい振る舞いをするだけである。
茶会の広場に着くと、すでに他の令嬢は席に座っており、みな一様にこちらに視線を向けてきた。
王妃様主催の茶会に開始ギリギリでやってきた令嬢。この後現れるのは王妃様だけということを考えても、私が今回の茶会の準主役になることは明白だろう。事前に家族からこの茶会の意味を聞いていた者もいるのだろう。広場にピンと張りつめた空気が流れる。
できる限り優雅に見えるよう心掛けながら自分の席に向かう。いくつかあるテーブルの中でもひときわ大きい、王妃様の席の隣にそっと腰掛ける。
「みなさまごきげんよう。ギリギリの時間になりまして失礼いたしました。私チェスター侯爵家のレイシアと申します。よろしくお願いいたしますわ。」
緊張が表にでないよう気をつけながら挨拶を交わす。ここにいて当然という顔をしなければ。
中には学園で顔見知りのご令嬢もいる。目を合わせて軽く会釈する。このテーブルには、侯爵家以上の爵位の高い令嬢や年若いご夫人たちが集められたようだ。これまで面識のないデビューしたばかりの若いご令嬢もいる。別のテーブルをチラッと見ると、子爵家や男爵家の令嬢も少なくない。
今回の新事業は、まだ国家間の貿易関係にない西側諸国へ、王国特産の織物を広げていくことが最終的な目的だ。下位貴族の中には領主自ら事業に携わり、他国と貿易関係を繋いでいる家も存在する。今回の会議は、そうした実務に見識のある者たちを集めて意見を募っているのだろう。
令嬢たちと当たり障りのない会話をしながらそんなことを考えていると、王妃様が入られる合図が聞こえる。皆一斉に立ち上がり、正式な礼を取りながら王妃様の入場を迎える。
「みなさん、ごきげんよう。どうか楽にしてちょうだい。」
王妃様はいつもと変わらず、穏やかな口調で令嬢たちと挨拶を交わしていく。王妃様が席に座ったところで、皆着席し、茶会の始まりとなる。
「みなさん、変わりなく過ごしていたかしら。最近王宮でお茶会を開く機会もなかったから。今日は久しぶりに可愛い女の子たちに会えてうれしいわ。みなさんの近況についても教えてちょうだい。」
そう言ってほほ笑む王妃様が一番可愛らしい。
王妃様から話題を振られれば、次々に令嬢たちが最近領地で起きた出来事、屋敷で起きたびっくり事件などを語っていく。王妃様はどの話にも楽しげに微笑みながら頷いている。私はというと、事前の対茶会の打ち合わせで、しばらくは自分から話し始めないと決められていたので、他のご令嬢たちの話に耳を傾け頷いているだけだ。
しばらくして令嬢たちが一通り話を終えると、王妃様が一息ついてから話し始める。
「実は最近王宮に一人の家族が加わったのよ。みなさんも気になっているでしょ。私の隣にいるチェスター侯爵家のご令嬢レイシアさんよ。先日から王宮で暮らしてもらっているの。王都は久しぶりのようだからみなさん仲良くしてあげてね。」
笑顔の王妃様に促され、改めて挨拶のために口を開く。
「王妃様にそのように紹介していただけるなんてとても光栄ですわ。先ほどもご挨拶させていただきましたが、レイシア・チェスターと申します。縁あって今は王宮で過ごさせていただいております。どうか末永く仲良くしてくださいませ。」
王妃様と並んで笑顔で言い切れば、周りの令嬢も賛同せざるをえない。
「こちらこそ仲良くしてくださいませ。」
「レイシア様と久しぶりにお会いできてうれしいですわ。」
口々に令嬢たちも答えていく。
一先ず婚約をほのめかすというのは成功だろう。「第二王子であるアレク殿下の婚約者はユーリ様」というのが明らかである以上、私が王宮に住まう理由は「私がフィリップ殿下の婚約者」であることは明らかだ。
その後はフィリップ殿下の名こそでないものの、王宮での暮らしや王都の様子など、私を中心にした会話が続いていった。