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13 アレクside

 兄上の執務室を出て、王宮の長い廊下を自室へと向かう。歩きながら庭園を眺めていると、先ほど対峙したあの令嬢の強いまなざしを思い出す。



「こんなにあっさり納得するとは」

 そう言いたげな兄上の表情を思い出し、なんだか苦々しい気持ちになる。



 そう、そんな簡単に認めるつもりはなかったのだ。これまでと同じように。

 公爵令嬢は論外だ。あいつは自分の家の地位を高めることにしか目がない。王国のことも、それを背負う兄上のこともろくに考えない。下手すれば、私の婚約者であるユーリにもちょっかいを出してくるのではと警戒していた。


 次に現れた聖女も同じだ。マナーも何も身についていないあの姿を見れば、とてもじゃないが王妃という役割は務まらないとすぐにわかった。ただ、聖女という立場は兄上の政治をやりやすくする駒にはなる。加えて聖女は体調を崩したユーリになんの迷いもなくその力を使っていた。

 政治のことなど何もわからない頭が空っぽな女でも、立派な飾りになるならその席に座っていてもいいのではと思った。だから聖女のことは父上と兄に任せると決めたのだ。


 それなのに結局は影と駆け落ちまがいの真似をするなど。あまりのひどい結末に絶望した。俺の周りの派閥の連中も一気にうるさくなった。


 次の相手は誰にも文句を言わせない、王妃にふさわしい者でなくては。

 俺とユーリの幸せな結婚計画を崩されるわけにはいかない。




 兄が次に王宮に連れてきた令嬢は、特に突出したところはない女だった。多少苦労を味わって、女だてら領地運営ができるくらいの聡明さはあるようだが、見た目や経歴は平凡とした令嬢だ。


 どうやら兄の陣営にはもう選択肢はないようだ。どうしても駄目なようなら、こちらから人を差し向けるしかない。


 素早く判断するためにすぐに彼女に接触したが、面と向かった彼女は最初の平平凡凡とした印象とは大きく違って驚かされた。


 領地に籠っていたようだが、この王宮に向かう道中で、すでに兄の置かれた厳しい情勢を理解したらしい。兄を支えるという眼に嘘が見えない。


 そして何よりユーリの事情を知っていた。ごく一部しか知らないはずのあの事件を、だ。




*****

 俺の婚約者であり、王国の中でも数少ない名家の生まれのユーリは幼い頃からその美貌と魔力の多さで注目を浴びていた。無邪気な彼女はいろんなところで遊びにも魔法を使い、彼女が巧みな魔法使いであることは貴族だけでなく庶民の間でも有名だった。



 そんな彼女が8歳になる頃、彼女は突然公爵邸から姿を消した。

 しかし彼女は魔法の痕跡を連れ去られる過程で残しており、すぐに彼女の囚われ場所は見つけられることになる。

 彼女を拉致したのは反王家派の一味だった。



 彼女が発見されたとき、彼女は異様な空間の中、祭壇に乗せられ、まるで生贄のように鎖で囚われていた。大勢の反王家派の人間に囲まれ、いかに魔法が危険なのか、それを使うおまえはいかに穢れた存在なのかということを永遠と罵られていたらしい。

 その異様な光景は彼女に大きなトラウマを植え付けた。


 あれほど得意であった魔法は全く使えなくなり、大勢に囲まれる場所に立つと過呼吸を起こすようになった。

 彼女の体に傷がつくようなことはなかったが、彼女の名誉のためにもこの事件が公になることは決してなかった。


 公爵家は彼女を守るため、できる限り公の場に彼女を出すことを避けた。俺はすぐに陛下に臣籍降下を申し入れた。彼女を人目の多い王宮には留めておけない。陛下は第一王子である兄の婚姻がなされれば、すぐにそれを認めると約束してくれた。




*****

―――なぜ極一部しか知らないはずの、あの事件をレイシア嬢が知っているのか。


 いや、今はそれはどうでもいい。この女がユーリに危害を与えるかどうかが重要だ。もしこの件でユーリを傷つけるなら―――


 殺気だった目線を送っても、目の前の彼女は平然とした顔をしていた。


 そして静かにこう言ったのだ。


「私はその事実を今後も誰にも申し上げるつもりはありません。そうする理由も必要も私にはありませんから。―――私はユーリ様の側に殿下がいらっしゃって良かったと思います。」


 そう言った彼女の目に、少しの羨望と悲しみが滲んでいて、俺は何も言えなくなってしまった。

 さっきまでこの女をどうしてやろうかと思っていたが、そんな気持ちは萎んでしまった。どうしようもない気持ちになった俺はそこを立ち去るしかなかった―――




 思えば昔、ユーリはよくレイシア嬢の名前を口に出していた。

 昔は好奇心が旺盛で公爵夫人に付き添って出かけては、あちこちで迷子になっていたユーリを、いっしょにいるときは俺が、そして俺がともにしないような令嬢のお茶会などでは、レイシア嬢がユーリを見つけてくれていたらしい。


「レイシア様、優しいし、お姉さまみたいで大好き!」

 ユーリにそう言われるレイシア嬢に何度殺意が生まれたことか。


 しかし実際に王宮で会ったレイシア嬢は、別にユーリに限ったことではなく別の令嬢たちにも同じように目を掛け、何かあれば分け隔てなく手を差し伸べていた。それを見て「まあユーリに特別目を掛けているわけではないなら」と心の中で勝手に許していたのだ。




*****

 彼女であればこれまでの女と違い、兄を支えて立派な王妃になるかもしれない。そうでないならその時に対処すればいいことだ。


 とりあえず今は見守ってやろうと、庭園から目を背けて、ユーリの待つ自室へ急いだ。


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