12 フィリップside
ほどなくして、婚約者は既定路線ともとれる王家と縁の深い公爵家の令嬢に決まり、候補者たちもそれぞれ自分の屋敷や領地へと戻っていった。私も本来の公務へと戻り、数か月先に控えた学園への入学に向けて、準備に取り掛かった。
その頃だ。
悪夢ともいえる最初の大洪水が起きた。
何の前触れもなく王国の西側を襲ったその災害は、誰が見ても通常の天災とは考えられないものだった。急遽王宮で会議が開かれ、専門家や現地からの使者の話を聞き、王家の者は一つの恐ろしい予感を抱いた。
―――王家のみに伝えられる禁書に記された大災害の始まりの合図ではないか、と。
それから間を置かずに、今度は王国の東側の広大な森林地が枯れ果てたと報告があった。そこで予感は確信に変わった。すぐさま陛下は禁書の解読に乗り出し、この災害を止める一つの方法を見出した。
聖女を探し出すのだ、と。
禁書全てを解読できたわけではない。しかしこの方法に賭けてみる他なかったのだ。こうしている間にも新たな災害により、被害はどんどん膨らんでいく。
すぐさま王族の中でもひときわ魔力の強い、陛下、公爵となった叔父、そして私が禁術の間へと呼ばれた。
王家の魔力がひときわ強いのは、いつか来る大災害に対抗する禁術を使うため―――
そのことは王太子の教育の中で学んでいたが、自分自身がその場に居合わせるとは思ってもいなかった。父や叔父もそうであろう。緊張した面持ちで、父は書の中の言葉を紡ぎ、叔父と私がその言葉を繰り返す。やがて膨大な魔力が体から一気に抜け出ると同時に、部屋の中央に置かれた水晶の中に一人の名前が浮かんだ。
―――ハールド地方。ミア。赤髪の少女。
すぐさま王都近くのハールド地方に探索隊が向かい、その港町で一人の少女が見つかった。
それが後にこの国の大災害を治め、民たちから崇められ、私を置いて行ってしまった聖女。
―――――ミア・ブラウンだった。
*****
彼女が災害を治めるため向かう旅の同行者には、多くの魔力を持つ私と王弟である叔父が選ばれた。そして我々を守るため王宮で腕一番の近衛騎士も旅に連れ添う。密偵を行うためにメンバーに加わった影は初めて見る顔だった。
旅は困難を極めたが、聖女の浄化魔法は確かだった。行く先々で確実に災害を止め、その地を完全とは言えずとも、元の形へと再生していった。
旅の中でも聖女はいつでも自然体で、自由そのものだった。
市井の出である彼女は、庶民とは親しげに。しかし、聖女という立場、確かなその浄化魔法の行使によって、貴族とも気安く接することが許された。
今思えば、そんな彼女の自由さに憧れたのだ。自身には到底振舞えないその言動全てがまぶしかった。
近づきたくなったのだ。そして彼女と私の間に線はなかった。
しかし自由を体現したような彼女が、この狭苦しい王宮でこれまで通りの姿で生きていけるわけがない。
この国は歴史が古く、特にしきたりに厳しい国だ。王妃となる者はその地位にふさわしい振る舞いを求められる。
彼女がそれに耐えられるか。
その答えはわかっていたはずなのに―――
だからあの結末を迎えることは必然だったのだ。