デート
次の土曜日、尚人さんと、尚人さんの家に初めて来た時に会った女の人とドライブに出かけた。尚人さんが運転して、女の人は助手席に座った。私は後部座席に乗っている。外は雨が降っていた。
女の人は尚人さんに話しかける。しかし尚人さんはすぐ私に話を振るのだ。
「お昼は何が食べたい?」と女の人が言うと
「エリカは何がいい?」と尚人さんが私に話しかける、という風に。
私は透明人間なのだからそんな風に聞いたら彼女が変に思うだろうと思って気が気ではなかった。尚人さんはどうして私を連れてきたのだろう。
お昼ご飯を食べるためにお店に入った。私は初めてだったので、周りを見回した。
席に着いて注文をしてから、尚人さんと女の人は席を立った。注文したものが届いても帰ってこなかったので、探しに行った。
ふたりは外の、屋根があるところにいた。ドアはガラスになっていて、中からもふたりが見えた。女の人は怒っていて、中にいても声が聞こえるくらい声を荒げていた。
話している内容はよく解らなかったが「あの子」と聞こえた。私のことだろうか。
もっとよく聞こうとドアを開ける。その時尚人さんが言った。
「エリカは透明人間だって思い込んでて、だから本当は透明人間じゃないって解ってほしくて」
「だからそれが私と何の関係があるの!?ふざけないでよ、いっつも仕事が忙しいって会ってくれなかったのに、久しぶりに会ってこれ?おかしいわよ!尚人も、あの子も」
彼女は私を睨みつけて、帰っていった。
私は、尚人さんがさっき言った言葉が頭に残って離れなかった。「私は透明人間じゃない」って。
私達はそれからご飯を食べずに帰った。帰りの車中は無言で、ワイパーの音だけが響いた。
家に帰って、玄関で私は言った。
「…私は、透明じゃないんですか?」
「…そうだよ」尚人さんが私の手を取った。「こうして触れることもできる。透明人間じゃないんだ」
「だったらどうして…どうしてお母さんは私を無視したんですか?ご飯もくれない、ケガをしても何も言わない、泣き叫んでも何もしてくれなかったのはどうして!」
「……」
「…離してください」尚人さんの手が、そっと離れる。
透明人間じゃなかったら、こんな赤の他人からお世話になるなんて変な話だ。もうここにはいられない。
私は外に出て、とにかく走った。