昔話3 土岐尚人
学校が休みの日も、俺は成美さんと会っていた。土日でも、彼女の旦那は家にいないらしい。
休みの日は、ふたりで外に出かけた。成美さんは旦那さんに見つかることを恐れていなかったしーーむしろ、それを望んでいたように見える。どんな形であれ、旦那さんに振り向いてもらうのが、成美さんの望みだったから。
俺の方も、付き合っている彼女にバレるのは構わなかった。「付き合って」と言われたから付き合っていただけだし、この当時の俺の寂しさを埋められるのは、成美さんだけだった。
そして案の定、彼女に成美さんと会っていることがバレた。
「…昨日尚人の隣りにいた女、誰?」
次の日の朝、学校に行くと、彼女が俺のクラスにやって来て開口一番そう言った。俺は、いつかこんな日が来ると思っていたから、別に驚きもしなかった。
「私たち付き合ってるんでしょう⁉︎なんで他の女なんかと…」
「…君がそう言ったから、付き合ってただけだ」
「え…?じゃあ、尚人は私のこと…別に好きでもなんでもなかったの…?」
「ああ」
俺がそう言うと、彼女は泣き出し教室を出ていった。
俺はそのことに関して後悔も罪悪感も感じなかった。
だって、いつでも思っていたのだ。
君と別れて家に帰った後の寂しさを、君は考えたことがあるのか、って。
君は家族がいる家へ帰り、俺は誰もいない家へ帰る。その寂しさを、理解しているのか、って。
「ーーだから言っただろう、お前はバカだ、って」
後ろから声が聞こえて、振り返った。合原が立っていた。
「好きでもない奴と付き合って、本命は別にいるのに」
「…お前、最初から知っていたのか?」俺は合原を睨んだ。
「ああ。お前が今の彼女じゃない女の人と街を歩いているのを見たことがある。…にしても、お前」合原は少し笑って言った。「もしかしたらこうなることを望んでいたんじゃないのか?」
「……」
「少なくとも、後悔も罪悪感もないだろ」
俺は驚いて合原を見た。学校では優等生を演じて隠してきた俺の本音を見抜いたのは、こいつだけだった。
その後、成美さんは突然引っ越してしまった。俺との関係が旦那さんにバレてしまったのかもしれない。ただ、彼女が幸せであるように祈った。家庭を壊すようなことをした、俺が幸せを祈るなんて虫が良すぎる話だが。
だけど、成美さんと出会ったことで、誰かと一緒にいる喜びを知ることができた。彼女と出会わなければ、エリカとこんな風に一緒に暮らすこともなかっただろう。
学校の彼女と別れてからは、ひとりで過ごすようになった。「女の子を泣かせた男」として注目されるようになったからだ。
昼休みは教室に居づらいので、いつも屋上へ行った。俺がひとりで屋上にいると、後から必ず合原がやって来た。大人になってから理由を聞いたら「自殺しそうだったから見張ってた」そうだ。
学校で優等生を演じていた俺が本当の自分を出せる場所は、合原の前になった。
「…腐れ縁、だよな。本当に」24歳の俺は言った。
「何言ってんだよ。俺がいなきゃお前、今でも道を踏み外してたままだったぞ」同じく24歳の紘海が言う。
「…つーか、必要悪、って感じなんだよな」
「なんだよ悪、って」
俺たちの様子を見て、エリカが笑った。これも紘海のおかげなんだろうけど、礼は言わないでおこう。




