昔話 土岐尚人
「紘海くんは尚人さんの友達なの?」エリカが聞いた。
今は午後7時過ぎ。またしても紘海は俺の部屋に上がり込んでいる。
「…友達ではないな」俺は答えた。
「ひでー、俺たち親友だろ?」紘海が言った。
「…お前な、初めて会話した時なんて言ったのか覚えてないのか。エリカ、こいつは俺にバカ、って言ったんだ。ひどいだろ」
「ーーバカじゃないのか」
頭上から声が聞こえて、高校生の俺は顔を上げた。
立っていたのは、同じクラスの合原紘海だった。
俺は、何だコイツ、と思って睨んだ。いつも、誰からも文句がつけられないように成績は上位を維持していたし、同じような理由で周りの人には親切にし、非の打ちどころがない優等生を演じてきた。そんな俺に「バカ」なんて言う奴なんていなかった。
合原は出入り口を指差し言った。「お前のこと、呼んでる」そこには、最近付き合い始めた彼女がいた。
「…ああ」
俺が返事をすると合原は自分の席に着いて窓の外を眺めた。合原は窓側後方の席で、いつもひとりでいる変わった奴だった。
なぜ合原が俺に「バカ」なんて言ったのか不思議だったけれど、俺はそんなことはすぐ忘れて彼女の元へ行った。