友達
初めて学校に行ってから、夜、尚人さんは私に勉強を教えてくれるようになった。
文字を覚えて、本を読んだり、計算を覚えたりした。
時々紘海くんも昼に来て、話をしたり、勉強を教えてくれたりした。
そうして一か月が過ぎた。その間、私は学校へ行かなかった。
呼鈴が鳴って、私は玄関に出た。私はその時、ひとりで勉強していて、机の上にドリルがあった。時刻は、午後4時くらいだ。
ドアに向かいながら誰だろう、と考えた。紘海くんは絶対呼鈴なんて鳴らさないのだ。そうすると、宅配便の人かもしれない。
しかし、ドアの向こうに立っていたのは、中学校の制服を着た、同い年くらいの女の子だった。
「ーーこれ」女の子が封筒を差し出す。「学校のプリント、持ってきた」
私はおずおずと受け取る。同い年の女の子と話すのは、まだ苦手だった。
「せっかくここまで届けにきたのに、お礼の言葉もないわけ?」
私は慌ててありがとう、と言った。
「いつ、学校に来れるの?」
「…わからない。尚人さんが無理に行かなくていい、って…」
それを聞いたとき、正直ほっとした。あんな思いは二度としたくなかった。
けれど尚人さんは、本当は私に学校に行ってもらいたい、と思ってるはずだ。だから行かなくちゃ、とは思う。
「尚人さんって…お父さんのこと?」女の子が言った。
私は首を横に振った。
「じゃあ、お兄さん?」
また首を振る。
「え?じゃあ…」
「よ、エリカ」聞き覚えのある声が割って入る。紘海くんだ。「…エリカの友達?」
「あ、はい!同じクラスの藤本美穂です!」少し緊張したように、藤本さんが言った。顔もなんだか赤い。
「じゃあ、悪いんだけどさ、こいつのこと頼んでいいかな」紘海くんが私を指差す。「なんせ、まだ小さい子供みたいな奴だから」
「わかりました。学校にいる時くらいなら…」藤本さんはそわそわして落ち着かない様子だった。「じゃあ、私、これで失礼します!」
藤本さんは頭を下げて駆け出して行った。
「よかったな、友達ができて」紘海くんが部屋に入る。
「…今日、初めて話したんだけど…」
それでも友達なのだろうか、と私は思った。