教室
尚人さんが引っ越しをする前に、私に「学校に行かないか?」と言った。
私は曖昧な気持ちのまま頷いた。学校に行ったこともないし、どんな所か解らなかったからだ。
引っ越ししてから間もなく、私は制服を着て尚人さんに連れられて学校へ行った。先生、と呼ばれる大人と尚人さんが話をして、尚人さんとはそこで別れた。
私は“先生”に連れられて“教室”へ向かう。“教室”のドアを開けると、そこには大勢の“生徒”がいた。
私と同年代の人間が一斉にこちらに注目する。この間まで自分を透明人間と思っていた私は、ドキドキして、不安でーー怖かった。
「自己紹介をしてください」女の先生が言う。
私は自分の名前を言った。うまく言えたかは解らない。みんなの視線を見るのが怖くて、ずっと俯いていた。
私の席は一番後ろだった。“教科書”とよばれる本を開いて“先生”の話を聞く。時々“先生”は壁を向いて白いもので字や数字を書いた。
書いている内容も話している内容も、私には全然解らなかった。
しばらくするとスピーカから音楽が流れて“先生”は話すのをやめた。“生徒”のひとりが何かを言うとみんな立ち上がって、また何かを言うとお辞儀をした。私は慌ててその真似をした。
“先生”が教室を出ると、みんな話したり廊下に出たりと思い思いのことをし始めた。私はどうしていいか解らずに、ずっと座っていた。
すると、何人かの女の子が机の周りに集まって話しかけてきた。
「ねえ、どこから転校してきたの?」
「今、どこに住んでるの?」
次々に質問されて混乱して、私は喋れなかった。その間にも女の子達は話をしながら楽しそうに笑った。
その内に笑い声が聞こえなくなる。ひとり、ふたりと去っていく。
「何、あの子。シカトしちゃって」
「せっかく話しかけてあげてるのに」
話している内容はよく解らなかったけれど、悪口だということは解って、私はすごく悲しくなった。
“学校”の時間が終わって、私はアパートへ帰った。部屋の隅に座って、明日も“学校”に行かなきゃならないのか、と考えると苦しくて、嫌だった。
そんなことを考えているとドアを開ける音が聞こえた。尚人さんが帰ってきた。
「…エリカ?」尚人さんが私の顔を覗き込む。「…どうだった?学校」
「…何にも、わからなかった」苦しくて、涙が溢れた。「何かを聞かれても、どう答えたらいいか解らなくて…悪口も言われて。私…わからない。あそこでどう過ごしたらいいか…どう生きていったらいいか…わからないの」
「…悪かった」尚人さんはそう言うと、私を抱き寄せた。
私は尚人さんの胸の中で泣きじゃくった。苦しさを全て吐き出すように。
そうして安心して、いつのまにか眠ってしまった。