突き刺さる剣
「あひっ! あひいぃ! く、苦し……」
だんだん暴れ疲れてきたのか、護衛隊長の転げ回る動きに勢いがなくなってきた。そのとき、一人の男が護衛隊長に向かって飛び出す。
「ええい! 見苦しい!」
宰相だった。宰相は近くに立っていた衛兵の腰から剣を抜いて奪うと、それで護衛隊長の首筋を突き刺す。
「ああっ!」
僕は短く声を上げた。護衛隊長は「ぐ……」と短くうめいて動かなくなる。宰相が剣を首から抜くと、血が噴き出した。
「きゃあああ!」
皇女殿下の後ろにいた侍女が悲鳴を上げ、廷臣達もざわめいた。そして皇帝陛下が叫ぶ。
「ガルハミラ候! 何をいたすか!?」
衛兵達は慌てて宰相を取り押さえ、剣を取り上げる。僕は護衛隊長の側に膝を突くと、布を取り出して首筋に当て、血を止めようとした。マルグレーチェも駆け寄ってきて、傷口を押さえるのを手伝う。
その間に財務大臣が進み出て、宰相を詰った。
「宰相閣下! 今行われていたのは皇帝陛下の御命による取り調べ。それに横槍を入れ、独断で被疑者を刑に処するとは、重大な越権行為に他なりませぬぞ! この責任、いかに取られるおつもりか!?」
僕は皇帝陛下の方を向き、首を横に振って見せた。皇帝陛下は顔を強張らせる。
「ふん! 放せ!」
宰相は衛兵達を振り解くと、財務大臣を無視し、皇帝陛下に向かって言った。
「陛下。これは慈悲にございます。この者は皇女殿下の護衛中、不意の襲撃に慌てふためき、臆病風に吹かれて逃走したに違いございませぬ。のみならず、保身のため、マリーセンの大軍に襲われて戦ったなどと偽りを申しました。軍人として、誠に見下げ果てた振る舞いでございます。しかしながら……」
そこで宰相は一度言葉を切り、僕をにらみ付けてから続けた。
「無用の恥辱を与えるは、人の道に外れた行いと申さざるを得ませぬ。陛下の御意思には背きましたが、これ以上の生き恥を晒させるに忍びなく、刑に処させていただきました。世間に対しては、己の所業を恥じての自決と公表するのがようございましょう」
「…………」
皇帝陛下は、宰相をにらんだまま何も言わなかった。それを了承と受け取ったのか、宰相は独り言のように言う。
「しかし不憫なことをしたものよ。下賤な獣使いが出しゃばりさえしなければ、命を落とさずに済んだものを……」
「…………」
僕は黙ったまま、マルグレーチェの顔をそっと窺う。マルグレーチェは、すぐ近くにいる僕にしか分からないぐらい、微かに頷いた。




