揺れる朝議
「…………」
皇帝は黙したまま、言葉を発しなかった。宰相はさらに続ける。
「無論、皇女殿下をお護りできなかった責は負わせねばなりますまい。しかしながら、最後まで命懸けで戦い、陛下にマリーセンの裏切りをお知らせ申し上げた功に免じ、護衛隊長は死罪ではなく、降格、並びに当座の謹慎に留めるのが妥当かと存じます」
「……そのようにせよ」
皇帝がようやく言葉を絞り出すと、護衛隊長は額を床に擦り付けて言った。
「感謝いたします、陛下!」
「陛下、御英断でございます。さて……」
宰相はそこで一度言葉を切り、居並ぶ廷臣一同を見回した。
「マリーセンの者共による、休戦破棄の意志はもはや明白。ただ休戦を破棄するだけならいざ知らず、講和の使節である皇女殿下を殺めた罪は、絶対に許してはなりますまい」
そして宰相は皇帝の方に向き直り、恭しく礼をしながら言う。
「陛下、何卒出兵の御決断を。今一度帝国全土に号令をかけ、西部方面軍を大幅に増強するのでございます。その上でマリーセンに攻め込み、かの地の者共をことごとく討ち果たすことをもちまして、陛下の、そして帝国の威厳をお示しください」
「お待ちくださいませ!」
そのとき、前に進み出た者がいた。財務大臣のセルウィッツ卿である。
「陛下のお怒り、お悲しみは誠にごもっともでございます。しかしながら……ここ数年続いた戦により、臣民の負担は限界に達しておりまする。とてもではございませんが、新たに兵を出す余裕はないと言わざるを得ませぬ。まずはマリーセン王国に対して下手人の引き渡しを求め、我がリーラニア帝国の手で裁くことを考えるが、常道でございましょう」
「愚か者め!」
大柄でやや肥満気味の宰相は、小柄で痩身の財務大臣を見下ろし、一喝した。
「大陸に覇を唱える我がリーラニア帝国ともあろうものが、金がないゆえ皇女殿下の敵を討てぬとでも申すのか!? 恥を知れいっ! 金がなければ、それをどうにか工面するのがそなたの役目であろうが! そもそも、此度の暴挙は明らかにマリーセン王国政府の意志によるもの。下手人の引き渡しになど、応ずるはずがあるまい!」
財務大臣は宰相の言葉に直には答えず、皇帝に訴えた。
「陛下、何卒御賢察ください。シャルンガスタ皇女殿下は、リーラニア、マリーセン両国の間に講和が結ばれるのを、誰よりもお望みでございました。今我々が挑発に乗り、兵を動かして、果たして皇女殿下の御霊が慰められましょうか!?」




