皇女様の申し出
少し間をおいて、辺境伯が僕に尋ねる。
「されど……今の話によれば、リーラニアの軍用ドラゴンが空中まで警戒しておるとのこと。そなたもドラゴンに乗って行くのであろうが、突破する術はあるのか?」
「ございます」
僕は、はっきりと言った。
「カルデンヴァルトとリーラニアの境は、南北に長く伸びております。リーラニアの国境守備隊も、その境全てを厚くふさぐことはできません。ゆえに、地形の険しい北側へ空中を大きく迂回し、手薄なところからリーラニア領内に入ることは、不可能ではあるまいと存じます」
「ううむ……」
辺境伯が、また唸った。
「そこまで成算があると申すなら、一つ頼むとしようか……」
そのときだった。シャルンガスタ皇女殿下が前に進み出て僕を制した。
「アシマ様、お待ちください」
「殿下……?」
怪訝な顔をした僕に、皇女殿下は言う。
「他の者ならばいざ知らず、アシマ様であれば我がリーラニア軍の目を欺き、帝都に達することは簡単でございましょう。しかしながら、その後はどうなさいますか?」
「と、おっしゃいますと……?」
「講和反対派が、これほどまでに周到な準備をしているのであれば、おそらく帝都にも手を回しているに違いありません。アシマ様が帝都にお着きになっても、父上の下まではたどり着けぬはずです」
「…………」
皇女殿下の言うことももっともだった。確かに宮殿で追い返されるかも知れない。しかし……
「しかしだからと言って、このままでは……」
「わたくしに考えがございます。父上の下に証人を送るのです。父上にお目通り叶い、キアラ・シャルンガスタの無事と、マリーセンの皆様の無実をお伝えできる証人を、です」
「そのような証人になってくださる方が、おられるのですか?」
「おります。ただ一人だけ……」
「それは一体どなたでございますか? どうかお示しください」
問いかけた僕に、皇女殿下は微笑んで答えた。
「申すまでもありません。このわたくしです」
「えっ……?」
「アシマ様、どうかわたくしを、帝都までお連れください」
皇女殿下は僕の手を取り、顔をじっと見てきた。どう言うべきか分からずにいるうちに、皇女殿下のお付きの男性と女官が跪いて言う。
「な、なりません、殿下!」
「姫様! それはあまりに危険でございます!」
「危険は承知の上です。今危険を冒さねば、戦は止められないでしょう。この火急の事態に我が身の安全を図り、座して眺めるようでは皇族の資格はありません」




