聖女の剣
「っ!」
蹴られた兵士が、声にならない声と鼻血を漏らしながら吹っ飛んで行く。床を三、四回転がり、そのまま動かなくなった。
「マ、マルグレーチェ、何やってるの……?」
「何って、尋問するんでしょ?」
思わず問いかけた僕に、事もなげに答えるマルグレーチェ。
「いや、それはそうなんだけど……手荒なことはしないでって、さっきマルグレーチェが……」
「甘いわよ。アシマ」
「えっ……?」
「今、どういう状況か分かってる? 私達が命懸けで守ったこのカルデンヴァルトが、また戦火に包まれるかどうかの瀬戸際なのよ? 大事なのは一刻も早く情報を得ること。手段になんか、構ってられないんじゃないかしら?」
「えええ……」
どうしてこうも、さっきと言うことが変わるんだろうか。
次にマルグレーチェは、ローグ・ガルソンに尋ねた。
「ローグ・ガルソンさん」
「はっ、はいっ」
「で、どうなの?」
「ど、どうなの、とおっしゃいますと……?」
「この部屋、血とかまき散らしても大丈夫なのか聞いてるんだけど?」
「そ、それは、まあ……清掃の者がおりますので……」
「そう……」
マルグレーチェは近くにいた警備隊員に歩み寄り、腰の剣を指さして言った。
「貸して」
「ど、どうぞ……」
抜き身の剣を渡されたマルグレーチェは、先程蹴り飛ばした兵士に近づいて行く。僕は慌てて尋ねた。
「マルグレーチェ、何するつもりなの!?」
「そうねえ……少しずつ肉とか削ぎ落としていこうかしら。太めの静脈を一本ずつ切っていってもいいわね。私の回復魔法をかけながらやれば多分死なないし。もし死んじゃっても、あと二人いるし」
「ひいい!」
あまりの残酷さに、手の上のポルメーが震えていた。僕も震えた。
いや、震えている場合じゃない。僕は倒れた兵士に駆け寄り、抱き起して言った。
「ねえちょっと! 早く白状して! 言わないと死ぬよ! 本当に!」
「ううっ……」
「ほら見て! もうすぐ斬られる! 僕じゃ止められないかも!」
「えっ……? ちょっ、待っ……」
目を覚まし、近づいてくるマルグレーチェを見た兵士は、そのただならぬ気配に怯えた様子だった。一方マルグレーチェは、剣の柄を両手で持ち、おもむろに振り上げる。
「誰と誰が婚約者ですって!? もう一回言ってみなさい!」
「ま、待て。分かった! 話す! 話す!」
「うりゃーっ!」
「どう! どうどう!」
話すと言っているのに斬り殺されたらかなわない。僕はマルグレーチェを羽交い締めにして、やっと制止した。




