闇に向けて鳩は飛ぶ
シャルンガスタ皇女殿下が書状を認める間、僕は皇女殿下の隣で警護するという、何とも意味の分からない任務を与えられた。さすがに辺境伯の館の中で、いきなり襲われることはないと思うんだけど。
座りながら僕は、逃げ出した暗殺者やリーラニア兵のことを考えていた。
外務大臣には「もう逃げたかも知れない」と言ったものの、皇女殿下が襲われた地点から国境までの移動時間を考えると、まだカルデンヴァルト領内に留まっている可能性は高い。何らかの方法で、黒幕には暗殺失敗を伝えたかも知れないが。
今頃、リーラニアに通じる主要な街道は、ローグ・ガルソンの指示によってカルデンヴァルト兵が固めているだろう。そうなると、暗殺者やリーラニア兵がリーラニア側に撤収する方法は二つある。
一つは、カルデンヴァルト兵が固める街道を強行突破すること。
もう一つは夜の闇に紛れて、見張りの手薄な森の中などを移動すること。
強行突破をすれば、おそらく死傷者が出る。だから後者の方が逃げる方としては望ましいだろう。もちろん本来であれば、夜間に森の中を移動するなど危険極まりないが、カルデンヴァルトに攻め入った経験のある兵士で地形をある程度知っていれば、まんざら不可能とも言えない。
考えているうちに、皇女殿下が書状を書き上げた。隣でちらちら見る限り、さすがに僕の名前は伏せられていたものの、一人で首領以下の暗殺者集団をことごとく蹴散らしたとか、活躍がずいぶん誇張されているようだった。差し迫った今の状況では、細かい違いなんか気にしてられないけど……
皇女殿下が側に立っていたお付きの人を呼び、お付きの人が書状に封印をする。僕はそれを、お付きの人と一緒に辺境伯のところまで持っていくことになった。
廊下を歩いていると、館の敷地から数羽の鳩が飛び立っていくところだった。これから王都の辺境伯屋敷まで飛ぶのだろう。訓練された伝書鳩といえども、途中で迷ったり猛禽類に襲われたりすることがあるから、鳩の数に余裕があれば同じ文書を複数の鳩に持たせて飛ばすのが通例だ。
猛禽類、か。
辺境伯のところまで行くと、みんなと一緒に晩餐を、と誘われる。僕はそれを辞退して言った。
「今ならば、逃げ出したリーラニア兵全員とは行かずとも、何名かは捕えられるかも知れません」
「誠か!? して、いかにすれば良い?」
辺境伯が身を乗り出して尋ねてくる。僕は言った。
「閣下の兵のうち、何人かをお貸しください」




