夕闇の館で
「何だ……?」
訝る外務大臣に、僕は言った。
「先刻、馬車の中では外務大臣閣下の仰せごもっともと申しましたが、只今の辺境伯閣下のお話によれば、皇女殿下を襲った賊の一味は捕えられていないとのこと。状況が変わりました」
「どういう意味だ?」
「一味の何人かは既に、リーラニア領に逃れたかも知れません。となれば、暗殺失敗の報は黒幕に伝わっておりましょう。知らせを受けた黒幕が、次にどう動くか……」
「…………」
「もはや、ここにいるわたくし共だけで事に当たるのは難しいかと存じます。皇女殿下より、帝都の皇帝陛下に事件の一部始終をお知らせいただき、皇帝陛下の命を待つのがよろしいのではないかと」
「……っ」
外務大臣が何かを言おうとする。それをあえて無視し、僕はシャルンガスタ皇女殿下に尋ねた。
「いかがでございましょうか? 殿下」
皇女殿下は僕を見て、頷いてから言った。
「アシマ様の仰る通りです」
「殿下! たかが獣使いの言うことをお聞きにならずとも……」
「黙りなさい。多数の暗殺者に襲われ、しかも護衛の兵士達までそれに加担していました。そのことを父上に御報告しないわけには参りません」
「…………」
「辺境伯殿」
「はっ……」
皇女殿下に呼ばれ、辺境伯が姿勢を正す。
「父上への書状を認めます。帝都までの使者を出していただけますか?」
「はっ。お任せください。加えて、王都には伝書鳩を出しましょう。リーラニア側の妨害によって、皇女殿下の到着が遅れることを知らせねばなりません」
「辺境伯閣下。賊を追い払い、皇女殿下をお救いできたのは、ローグ・ガルソン殿率いるカルデンヴァルト兵の皆様のお働きによるもの。よろしいですね?」
言わずもがなのことではあったが、僕はあえて念を押した。それを聞いてローグ・ガルソンは複雑な表情を浮かべる。
「はあ……しかし……アシマ殿の手柄を横取りするがごとき所業はなんとも……」
「カルデンヴァルトの平和のためです。お受け入れください」
僕が重ねて言うと、ローグ・ガルソンはやっと頷いた。
「こ、心得ました……」
これで、とりあえずどうするかの話し合いはまとまった。僕は皇女殿下が書状を書くのを手伝わされることになり、皇女殿下の滞在する部屋まで連れて行かれる。マルグレーチェは、
「手紙書くのに、テイマーが何の役に立つのよ!?」
と激怒していたが、皇女殿下は歯牙にもかけなかった。
廊下を歩きながら外を見ると、既に夕闇が迫りつつあった。




