真夜中に忍ぶ者
「さて、明日からどうするかな……」
思わず独り言が漏れた。家が売れればいくらかにはなるが、明後日の朝には王都を去らなくてはいけないので、その猶予はない。戻って来る見込みもないのに誰かに管理をしてもらう訳にも行かないから、家はこのまま放置していくしかないだろう。
バルマリクの背中を降りると、門扉を開けて中に入った。バルマリクは翼を広げて飛び上がり、壁を越えて庭に着地する。
「GUAAA!」
「よしよし。狭い庭だけど、明日まで我慢してね」
ポルメーはそれほどでもないが、体の大きなバルマリクは、かなりの餌代が必要だ。それだけでも何とかして稼がないと……
そのとき、裏手の方で馬のいななく声がした。もしかして、誰か来ているのか。
「バルマリク、静かにね」
裏手にいるであろう馬を驚かさないよう、バルマリクを鎮める。バルマリクは頷いて僕に応えた。
玄関から中に入ると、年老いた使用人のハーバルが僕を出迎えた。
「お、お帰りなさいませ。旦那様……」
ハーバルの顔は、心なしか強張っているように見える。追放の話は後回しにして、僕は尋ねた。
「ただいま。誰か来てる?」
「は、はい。そ、それが、国王陛下が……」
「ええっ!?」
僕は驚いた。国王陛下が勅使を寄越して来たというのか。道理で顔が強張るはずである。
「今どこに?」
「応接間で、お待ちいただいております……」
「分かった。すぐ行く」
僕は急いで向かった。応接間の前まで行くと、屈強そうな騎士が入口を警護している。騎士はドアを開けて、中に入るよう僕に促した。
中に入ると、すぐに僕は跪き、勅使に対して遅参を詫びた。
「お待たせし、大変申し訳ございません。アシマ・ユーベック、只今参り……」
「苦しゅうない。楽にいたせ」
「!?」
掛けられた声に違和感を覚え、思わず僕は顔を上げた。
ソファーに座っていたのは勅使ではなく、国王陛下その人だった。王宮では見ない質素な服装をして、後ろに護衛の騎士を二人従えている。お忍びで来たのだろう。
「こ、これは陛下! かような時刻にこのような場所へお越しになるとは思いもよらず、御無礼仕りました!」
「かような時刻なればこそ、王宮を抜け出して来られたのだ。昼間は叔父上の目があるでのう……まずは座らぬか?」
「はっ! では失礼いたしまして……」
陛下に勧められ、僕はソファーに腰かけた。続いて陛下は、護衛の騎士達に目配せをする。騎士達は一礼してから、応接間の外へと退出して行った。