馬車の中で
「ところで……皇女殿下におかれては、王都に向かわれる途上であったとお見受けしますが……」
僕は、隣のシャルンガスタ皇女殿下に尋ねていた。リーラニア帝国の第三皇女が、講和条約締結のために来るのは王都でも周知の事実だったから、これは聞いても構わないだろう。
彼女は頷く。
「はい……父である皇帝陛下の名代として王都に参り、マリーセン王国との講和条約を結ぶ予定でした。講和が結ばれれば長きに渡った両国の争いも終わり、平和が訪れるはずであったのに、まさかこのようなことになるとは……」
「殿下……」
肩を落とす皇女殿下。そのとき、彼女の近くに座っていた、五十代くらいの男性が口を開いた。
「気を落とされている場合ではありませんぞ。殿下」
「……?」
皇女殿下が男性の方を見る。男性は続けた。
「講和を阻止せんという、卑劣な輩の企みに屈してはなりません。かくなる上は万難を排して王都まで赴き、講和条約を締結するべきでございます。さすれば、戦争の継続を主張するのが誰であろうと、口出しはできませぬ」
「しかし……今のわたくし達には、満足な護衛兵もいないのですよ? アシマ様達は王都までお越しになれないというお話ですし……わたくし達だけで、果たしてたどり着けるでしょうか……?」
「カルデンヴァルト辺境伯に、もっと兵を借りましょう。講和が結ばれれば、カルデンヴァルトは安心して農地の復興や金山の開発を行うことができるのです。辺境伯も、嫌とは申しますまい」
「…………」
皇女殿下が黙り込む。僕は、今話していた男性に尋ねた。
「恐れ入ります。御尊名を伺っても……?」
「アシマ様。こちらはリーラニア帝国の外務大臣、テーゼラー卿です」
なるほど。皇女殿下に紹介されて、僕は合点が行った。皇女殿下が名目上の代表として講和条約にサインし、実務的なことは外務大臣が調整するのだろう。
そして、外務大臣の意見について、僕は考えた。
暗殺者を送ってくるような講和反対派をリーラニア帝国内に残したまま、王都に向かって本当に大丈夫なのだろうか?
講和反対派が雇った暗殺者が、先程の覆面集団だけとは限らない。辺境伯の軍勢を借りるにしても、やっぱり危険だ。
それに、今までの交渉で大まかな条件は合意済みなのだろうが、正式な講和を結ぶには多少時間がかかる。その間に講和反対派が休戦を破棄する動きに出たら、防げないかも知れない。
「…………」
さて……何て言うべきか。僕は改めて考えた。




