辺境伯の館へ
「手を離しなさい! この無礼者が!」
「何が憔悴よ! 元気一杯じゃないの!」
怒鳴り合うマルグレーチェとシャルンガスタ皇女殿下。こんなところで時間を浪費するわけにはいかない。僕はマルグレーチェの方を向いて言った。
「あ、あの……ごめん、マルグレーチェ。行ってくるから……」
僕としては、他に選択肢はなかった。皇女殿下と同じ馬車に乗っていれば、リーラニア帝国の情報が何かしら得られるかも知れないからだ。
「うう……アシマがそう言うなら……」
渋い顔で手を離すマルグレーチェ。一方、皇女殿下は勝ち誇った表情で僕を引っ張っていく。馬車の手前まで来たとき、僕は「あ、乗る前にちょっと……」と断り、ローグ・ガルソンのところに行ってあるお願いをした。
「御意」
ガルソンが頷く。僕は馬車まで戻ると、ポルメーを屋根の上に跳び上がらせた。ポルメーは形を変えて上にスルスルと伸び、船のマストのようになる。
「「「おおお……」」」
見ていた兵士達が驚きの声を上げた。マストの一番上にポルメーの目を位置させて、周囲を警戒させるのだ。
馬車に乗り込んだ僕は、皇女殿下の右隣に座らせられた。座席は馬車の壁沿いにぐるりと配置されている。開いた窓から外を見ると、クナーセン将軍とマルグレーチェが馬に乗り、ローグ・ガルソンと他一名の兵士にそれぞれ轡を取られているところだった。バルマリクを飛ばして上空からも警戒するため、将軍とマルグレーチェには馬を提供するよう、僕がお願いしたのだ。
馬車が動き出す。そこで僕は、乗り合わせた一同に自己紹介をした。
「改めまして、マリーセン王国元王宮テイマー、アシマ・ユーベックと申します。短い間ではございますが、皆々様の旅のお供をさせていただきますゆえ、よろしくお願い申し上げます」
そう言うと、皇女殿下以外の人達は曖昧に頷いた。
「ど、どうも……」
「よろしく……」
考えてみれば、この人達にとって僕は助けられた相手であるのと同時に、自国の兵士が数カ月前に死闘を演じた相手でもある。手放しで良く思えという方が無理なのだ。
いや、それより……僕は考えていた。この人達は襲ってきた暗殺者の黒幕について、何か心当たりがあるんじゃないだろうか?
だが、それはリーラニア帝国の内情に関することでもある。部外者である僕が正面切ってそれを尋ねれば、これまた快く思われないのは必定だ。
焦る必要はない。向こうから話す気になるまで、僕はじっと待つことにした。




